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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『パイレート・クィーン』(11/28-12/25)
初日の幕が開いた『パイレート・クィーン』。
キャストの成熟した歌と芝居を見ながら、感慨深い想いにかられました。
主要なキャストとして
保坂知寿、山口祐一郎、今井清隆、石川禅、宮川浩、涼風真世
6人の名前が挙げられています。

保坂知寿が帝国劇場のミュージカルの大舞台で主演を務めるということだけでも、ロビーでは待ちに待っていたというコメントを多く耳にしました。
彼らはそれぞれの居場所からミュージカルファンを今日まで牽引し、そして時を経てようやく同じ舞台に一堂に会したという感慨があります。

さて、物語は16世紀、エリザベス一世(涼風真世)がイングランドを治めている頃、一方アイルランドではオマリー族長(今井清隆)が次の族長に指名した娘、こちらも実在したグレイス・オマリー(保坂知寿)がイングランドの圧制からアイルランドの自立を目指して孤軍奮闘していました。
一族のためと恋人ティアナン(山口祐一郎)との恋を諦めてまで結婚した夫ドーナル(宮川浩)。頼りにならないどころか、イングランドに降伏しようとする始末です。
イングランド勢を一度は追い返したものの、ついにグレイスは捕らえられ、イングランドで幽閉されることになりました。
7年の時を経てティアナンが自身と引き換えにグレイスの釈放を求めます。
そこで初めて膝を突き合わせてエリザベス一世と話す機会を得たグレイス。
立場が違えど互いに理想と女性としての尊厳を持っての話し合いの末、グレイスは釈放されました。

互いの国を守るため、指揮をとるエリザベス一世とグレイス。
涼風真世と保坂知寿、宝塚歌劇団と劇団四季でともに看板女優として名を馳せた二人ですが、声質の違いが役柄に反映されて、これぞミュージカルの楽しみを味わいました。
「彼女を支えていたのは一人の男・・・」つぶやくエリザベス一世の言葉の意味が幾重にも重なる女性の物語です。

実際にアイルランドへ行ってみて感じるのは、イギリスに近いけれど文化は全く独立したものであるということ。
この作品では、ケルト音楽とアイリッシュダンスが舞台を盛り上げます。
体に響くそのリズムが静かに客席に広がりました。

脚本・アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルク、リチャード・モルトビー,Jr.
音楽・クロード=ミッシェル・シェーンベルク
歌詞・アラン・ブーブリル、リチャード・モルトビー,Jr.、ジョン・デンプセイ
原作・モーガン・ルウェリン著「GRANIA―She-King of the Irish Seas」
翻訳・吉田美枝、訳詞・竜真知子、演出・山田和也
振付(アイリッシュ・ダンス)・キャロル・リーヴィ・ジョイス
装置・松井るみ、衣裳・小峰リリー、照明・高見和義、音響・山本浩一

※公演詳細は、東宝の公式サイトで。

☆モーガン・ルウェリン著「GRANIA―She-King of the Irish Seas
Grania: She-king of the Irish SeasGrania: She-king of the Irish Seas
(2007/02/20)
Morgan Llywelyn

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大浦みずきさんの思い出
多くの方が信じられない気持ちでその訃報を聞いたことでしょう。
今月14日、大浦みずきさんが天に召されました。享年53歳。

遡ること12年前、演技の感性を磨くようなワークショップに参加した時のこと。
大浦さんをはじめ、名だたる現役俳優も集結した10日に及んだワークショップの終盤に、座談会のようなひと時がありました。
そこではビッグネームの俳優も、一生徒の顔で参加者と語り合います。
印象に残るのは、歌とダンスで名声を轟かせていた大浦さんが、笑顔で芝居が好きだと述べていたこと。

話をさせていただいたのはその時限りですが、ミュージカルはもちろんのこと彼女の出演するストレートプレイの作品には努めて足を運びました。
以下は私の観た思い出深い作品の数々です。

  『JERRY'S GIRLS』(1997年5-6月)
  『GALAXY EXPRESS 999』(1997年11月)
  『ヴァージニアウルフなんかこわくない?』(2003年3-4月)tpt
  『時間ト部屋』(2003年6-7月)tpt
  『千年の三人姉妹』(2004年3月)
  『ナイン THE MUSICAL』(2004年10-11月、2005年5-6月)tpt
  『道上寺 一幕』(2005年8-9月)『カルテット』(2005年9月)tpt
  『民衆の敵』(2006年5-6月)
  音楽劇『帰り花』(2008年1月)

私は宝塚時代の大浦みずきさんを知りません。
「私のダンスを楽しみにしてくれるお客様がいるので、踊ります」と、常に意識が観客に向いている姿勢には、元宝塚男役トップという肩書きを超えた魅力を感じました。

RED SHOES, BLACK STOCKINGS彼と彼女が踊る理由』(2005年12月)
若手の俳優、ダンサーの中で、彼女の歌と踊りはまるで大輪の華のようでした。
その中で繰り広げられるトークは、相手に対する思いやりを感じ、
ナイン THE MUSICAL
大物プロデユーサーに扮した彼女が観客に話しかける場面が見所の一つとなっていたように、大変な盛り上げ上手でもありました。

ストレートプレイで特に印象深いのは『民衆の敵』。
この作品は、体調不良で降板した俳優の代わりに急遽出演となりました。
原作では男性の役ですが、性別を変えて描いたところに等身大の女性としての信念が浮かび上がり、苦悩も含めた彼女の役が鮮やかに思い出されます。

そして音楽劇『帰り花』。
吉田松陰役として、日本の国のためにと一人立ち上がり、若者を育て導くその役は、まるで彼女自身の姿に見えました。
これが最期のストレートプレイの舞台出演作となったのでしょうか。

多くの作品とともに忘れられない思い出があります。
ワークショップの中で一つの動きが大勢に派生していく作業がありました。
そこで辿り着いたのがラインダンス。
宝塚出身の方々と一緒にラインダンスをするという貴重な経験。一生の思い出です。

これからも作品とともに「大浦みずき」を思い出すことでしょう。
素敵な舞台とお話をありがとうございました。

『雷鳴』【試演会】
えびす組のご意見番ヘンリー・ヤマト六世のもと、作・加藤浩一『雷鳴』の試演が行われました。

劇団東京乾電池月末劇場で、来る11月27日から29日まで新宿ゴールデン街劇場で上演される二作品のうちの一本がこの作品です。
チーム(阪田志麻・嶋田健太)チーム(松元夢子・関根洋平)のキャストがそれぞれ演じます。

その前に、観客代表がリーディングを行いましたが、主役はト書きであるかのような戯曲にどうもイメージが浮かびません。

セットも照明も無い中、チームによる上演。
ここで一気に作品が立体化したのを感じました。
心の変化に背中を押すような雷鳴。
二人が成立させた世界に、観客一同から感嘆のため息が漏れました。

そしてチーム。

2つを観て、演劇の世界で生きる彼らの瑞々しい感性と個性が、シンプルな作品に反映されているのを感じました。

物語は、友人に誘われて参加したホームパーティで深夜、トイレを探しに起きてきた初対面の男女が偶然居間で出会った時に交わすわずかな会話。
奇をてらわない設定とセリフの戯曲。
俳優が息吹を吹き込むような作品に、出演者の「加藤は、人と人が舞台にいて、そこで生まれるものを描こうとしている」との発言に、ライブだからこそ伝わる演劇の原点を感じました。
因幡屋さんことえびす組のビアトリスのぶろぐにも掲載されています)

加藤一浩作品は、舞台の上で俳優が作り出す「間」に特徴があると思います。
先月「加藤一浩作品集」で観た『門番の秋』にしても、ト書きで作者が指定する無言の行い、つまりは人と人が作り出す関係性に胸が熱くなりました。

言葉がなくても伝わるのが日本人の感性。
古風な考えかもしれませんが、そこに温かさを感じ、まだ世の中捨てたものではないとほっとするのです。

東京乾電池 月末劇場の公演詳細は、東京乾電池のサイトで。

11月末の月末劇場は、
  作・別役実『眠っちゃいけない子守唄』、
  作・加藤一浩『雷鳴
  2本立てで料金2,000円です。

※今回の出席者の一人、元東京乾電池の久保遥さん翻訳の
 作・エブゲーニィ・グリシコヴェッツ『』が東演パラータで行われます。
 期間は2009年12月2日(水)~2009年12月6日(日) 

 劇団東京乾電池で同期だった牧田侑士、木村卓矢、福田陽一、生天目仁美、久保遥によって旗揚げされた劇団トゥルーパ
 公演詳細は、演劇サイトConfetti(カンフェティ)で。

☆「せりふの時代 2009年 08月号」小学館
 『雷鳴』の戯曲が掲載されています。
 

『ヴォツェック』(11/18,21,23,26)
「小さき者たちの、救いようのない、貧しく哀れな物語である」

20世紀最高峰と呼ばれるアルバン・ベルク作曲のオペラ『ヴォツェック』。
この作品はプログラムのあらすじ冒頭に書かれているこの言葉に集約されているようでした。
何をもって貧しい者をいたぶり、虐げるのか。その結果は明らかです。

憎しみと懐疑心を植え付けられた貧しいヴォツェック(トーマス・ヨハネス・マイヤー)。
舞台の上ではヴォツェックと内縁の妻マリー(ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン)とその子ども(中島健一郎)以外、周囲の人々は化け物のように醜さを誇張した姿をしています。
アルバン・ベルク作曲の現代的な音楽が、聴く者の感情をも支配しているような不安定な気持ちにさせました。
緊張感と呼んだ方がいいかもしれません。
貧しさゆえに追い込まれた末の親の死。
最後に取り残された子どもは、こんな世の中でどうやって生きていくのだろうか。
境遇に強いられるような孤独な生活の中、今まで口を開くことのなかったその子どもが、最後に初めて声を発します。
そして水を張った舞台の、時折バシャバシャという水しぶきの音。
音楽以外に聞こえてくる生々しい「音」が、舞台と現実の世界とを結びつけているようでした。
残された子どもの心中を察すると、胸が苦しくなります。
あってはならないこととして、考えさせられた作品でした。

この作品は今年7月に永眠された若杉弘新国立劇場オペラ芸術監督が企画したものです。
ついにオペラパレスで若杉芸術監督の指揮で演奏を聴く機会はありませんでしたが、客席で穏やかに座っていらした姿が思い出されます。
来年2010年6月に世界初演で上演される創作委嘱作品オペラ『鹿鳴館』(作曲・池辺晋一郎、演出・鵜山仁)まで、故若杉氏の企画作品は続きます。

ところで、このオペラの原作となるゲオルグ・ビューヒナーの作品は『ヴォイツェック』と言います。
オペラのタイトルは『ヴォツェック』。
名称の違いについては、その昔、オペラにする際の誤読とのことですが、詳細はプログラムに掲載されています。

さて、2005年10月文学座有志の自主企画公演で、中野志朗演出の『ヴォイツェック』を観たことがあります。
当時、わかったようなわからなかったような抽象的な作品紹介で申し訳ありませんが、いくつかの衝撃的な場面が、実際の出来事を元に作られた物語であるということにショックを受けました。
今回のオペラ作品でも現実と切り離せないと感じるのは、貧しく哀れな物語と向き合うことを要求されているのかもしれません。

企画・若杉弘、芸術監督代行・尾高忠明、指揮・ハルトムート・ヘンヒェン、演出・アンドレアス・クリーゲンブルク、
美術・ハラルド・トアー、衣裳・アンドレア・シュラート、照明・シュテファン・ボリガー

※公演詳細は、新国立劇場のサイトで。

(新国立劇場 オペラパレスにて)
能登演劇堂『マクベス』(9/8-11/15)
能登中島にある演劇堂で2ヶ月に渡って上演された無名塾の『マクベス』。

演劇堂は小高い山をバックに自然の中に存在する劇場です。
そこに登場する魔女の存在は、泥臭い風貌ながら、地を這うというよりは空を漂うような怪しさに山に棲みつく生きものが抜け出て来たような印象を受けました。
3人の魔女(川村進、山本雅子、渡部晶子)たちは、最初から最後まで自分たちの口から発した予言が確かに行われることを見届けているような、常に自然=宿命の存在を意識させるものでもありました。

まずここで、マクベスの登場シーンについて述べなければなりません。
マクベスに扮するのは仲代達矢
演劇堂の舞台の背後が静かに開くと、そこに屋外の森林の風景が見え、戦を終えたマクベス一行が行進して来ました。
魔女たちが物陰から見守る中、遠くから馬上の騎士が一人、二人と先導して、ゆったりと馬に乗ったマクベスが登場します。
その光景はまるで黒沢明監督の映画のワンシーンを観ているような感動で心も体も震えました。

魔女の予言に一喜一憂し、運命に翻弄されるマクベス。
その予言がマクベス夫人(若村麻由美)の野心に火をつけました。
若く美しい夫人可愛さにマクベスは悪事に手を下し、彼らは共に理性を失ってゆくのです。

個人的には『マクベス』という舞台作品において、マクベスに暗殺された前王ダンカンの息子マルカムの描き方にとても関心を持っています。
狂気の王となったマクベスを倒さんと、マクダフがマルカムに討伐のため立ち上がって欲しいと訴える場面では、本心を隠してはぐらかすマルカム。
象徴的に描かれる場合が少なくないのですが、この作品ではマルカムの力強さが一つの見せ場を作りました。

何かに操られるようにエスカレートしていくマクベスと夫人の残忍さに立ち向かうのに、マルカム(松崎謙二)の激しい戦意が、そして魔女の予言によれば唯一マクベスを倒せるマクダフ(赤羽秀之)の誠実さが最後にバーナムの森を動かしました。
再び舞台の背後が開き、日没後の闇の中で森がうごめく場面は圧巻です。
マクベスの最期を見届ける魔女たち。
能登演劇堂という自然に囲まれた劇場だからこそ、作品の神秘性が信憑性を帯びて観客の心に映りました。

さて、この能登演劇堂へ行くのに意外と不便はありません。
公演時間に合わせて、能登空港から、そして金沢駅からそれぞれ飛行機の到着時間に合わせた乗り合いタクシーやバスが運行されているのです。もちろん帰りも。
早く到着したら能登中島の街を散策。
写真のように、「無名塾公演の歩み」というパネル展が民家らしき建物で行われていました。
街中どこを見ても、この公演を応援していることが伝わります。
無名塾がこの地に深く根付いていることを感じました。
      無名塾パネル展.JPG

作・W・シェイクスピア、翻訳・小田島雄志、上演台本・隆巴、演出・林清人、
音楽・池辺晋一郎、魔女の舞指導・西田蕘、装置・垣内紀男、照明・寺田義雄、効果・八幡泰彦、衣装・河盛成夫、石川君子

※公演詳細は能登演劇堂のサイトで。

(能登演劇堂にて)


☆作・W・シェイクスピア、訳・小田島雄志
シェイクスピア全集 (〔29〕) (白水Uブックス (29))シェイクスピア全集 (〔29〕) (白水Uブックス (29))
(1983/01)
ウィリアム・シェイクスピア



テーマ:演劇・劇団 - ジャンル:学問・文化・芸術

『定年ゴジラ』(11/5-14)
千秋楽を迎えようとする前日の公演は満席。
「中」と言うより「高」年の、そして女性より男性の観客が多かったことがトイレの待ち人の多さでわかりました。
定年ゴジラ』のタイトルから、定年後のビジネスマンの生き方が描かれているであろうことは想像がつきましたが、侮るなかれ、生き方に共感を覚えつつも一人ひとりそれぞれの人生があることを痛感したのでした。

さて、物語はある男性の定年の挨拶から始まります。
その翌日からは、一日中何をしたらいいのか、また日中自宅にかかってくる電話の用件さえ妻がいないとわからない始末。
そんな姿に客席からは失笑が起こります。
背景に流れるのは、ビートルズの音楽。
リアルに聴いていた世代ということでしょうか。

客席に座る年金暮らしがまだまだ先のこの身としては、「定年」まで勤め上げた主人公を羨望の眼差しで見つめます。
明日をも知れぬ雇用状況、働く場がなければ日々の生活すらできない、こんな自分にとっては「定年」後の物語はただの自慢話にしか見えないのではないか、そんなヒガミが頭をもたげていました。

しかし、です。
この『定年ゴジラ』はそんな話ではありません。
古くなったニュータウンに住む人々の家庭と家族と隣人の物語です。
区画ごとに年代を追って販売された土地には、同世代の同じような境遇の家庭が近所に集まっています。
数の大きい住所ほど、新しい入居者がいるというわけです。
彼らにとっても入居当初はピカピカの住宅にバリバリのサラリーマン。
今ではバリアフリーでもない古びた住宅で、お父さん方は近所付き合いにようやく慣れてきたようです。
そこにマスコミがニュータウンに独自の評価をつけている企画の取材が舞い込み・・・。

きっと以前は「企業戦士」と呼ばれていたであろうお父さん。
居場所を自宅に移して、ようやく自分の住む「街」に関心を持ち始めました。
自分たちがどんな想いでこの地に来たのか、彼らはその当時の愛着を胸の奥にしまったままでした。
家庭の中で、浦島太郎になっていたと気づくお父さん。
空白の時間が埋まることを願わずにはいられません。

その昔、住宅の抽選会場に飾ってあったプラスチック製の住宅モデルを引っ張り出し、不平不満を叫びながら踏み壊す、そんなゴジラたちのこれから。
勇気を出して踏み出したゴジラたちを見て、観客の胸には爽やかな風が吹いたような気がしました。

原作・重松清、脚色・杉浦久幸、演出・西川信廣、
装置・石井強司、照明・塚本悟、音響効果・中嶋直勝、衣裳・山田靖子

※公演詳細は文学座のサイトで。

(紀伊國屋サザンシアターにて)
『宇田川心中』(11/7-22)
劇団1980・新宿梁山泊 合同企画公演『宇田川心中』。

作・小林恭二の同名小説戯曲版の上演です。
タイトルの宇田川は、渋谷を知る人にとってはどの辺りかおわかりでしょう。
劇場は渋谷にある青山公園内の特設テントです。
千代田線乃木坂駅を出てすぐ、信号を渡ると写真のように横断幕が掲げられています。

小説同様、渋谷にある大きな交差点で男女がすれ違いざまに何かを感じ、互いに振り向く。
そんな場面から始まる物語。

遡ること150年前、美形の少年桜丸(亀田佳明)に、最初、はつ(今村美乃)は一目で惹かれました。
しかし運命の物語はもっと深いところにありました。
ふとしたところではつは僧侶の昭円(松田洋治)に救われ、互いを想い合う恋人同士となります。
一方、はつを元手に稼ごうと目論み誘拐する桜丸。
絡み合う様々な欲に翻弄される恋人たち。
しかし、3人の出会いは宿命とも言える大きな流れに定められたものなのでした・・・。

舞台には川も設けられ、男女が飛び込んで心中したり、所狭しと大勢の登場人物が動き、よく変わる場面転換の見事なこと。
若い役者で彩られた舞台には、客席にまでそのパワーが伝わります。
桟敷席と椅子席で構成された場内は、芝居小屋独特の一体感がありました。

さて、最後は時を経て、彼らの魂が現代に宿るようなロマンチックな場面です。
特設テントならではの、息を呑むほどに素敵な光景が目の前に広がりました。

作・小林恭二、演出・金守珍、
舞台監督・伊藤郷生、照明・泉次雄+ライズ、作曲・大貫誉、音響・N-TONE、衣裳・佐々波雅子、美術・大塚聡、宣伝美術:宇野亜喜良(絵)、福田真一(デザイン)

※公演の詳細は新宿梁山泊の公式サイトで。

(青山公園南地区広場特設テントにて)

☆小説「宇田川心中」中央公論社
 

☆戯曲「宇田川心中」岩波書店
 

「3on3 Part2 喫茶店で起こる三つの物語」(11/1-8)
3on3 Part2
喫茶店で起こる三つの物語

主催:(社)日本劇団協議会
文化庁芸術団体人材育成支援事業の‘次世代を担う演劇人育成公演’です。

昨年6月に上演されて好評だったシリーズ「3on3」の第2弾が青年座劇場で8日まで行われていました。
前回同様新進気鋭の3人の演出家が腕を揮います。

今回の作品は、
 『みぢかうた
 作・本田誠人(ぺテカン)、演出・磯村純
 『青島先生
  作・鈴木哲也、演出・須藤黄英
 『はひふへほ
  作・長谷川孝治(弘前劇場)、演出・千田恵子

街中にありそうな喫茶店が舞台です。
その場所で様々な人々が繰り広げるオムニバスのショートストーリー。
演出家が作家とタッグを組んで作り上げる作品のようです。
三者三様のこだわりが興味深かったですね。
ここでは2番目に上演された『青島先生』をご紹介しましょう。

話が遡りますが、5月に上演された『その受話器はロバの耳』、観劇が縁で青年座通信399号に評を書かせていただきました。
若手の演出家、須藤黄英さん。
彼女の描く妥協のないメリハリの効いた演出は、この30分というショートストーリーでも活かされていました。

作・鈴木哲也青島先生
登場人物は男2人。
喫茶店で、先生らしき中年の男性客がテストの採点をしながら誰かを待っています。
もう1人は喫茶店の店員。
なかなか待ち人が現れないので客が帰ろうとした時、店員が声をかけます。
自分が青島先生を呼び出した教え子なのだと。
そして何事もうまく行かないのは、中学時代の卒業論文の先生の言葉に起因しているのだと言ってナイフを取りだしました。
「夢を諦めるな」という言葉より「いい加減に諦めろ」とかなんとか書いてくれが方がよかったのだと、逆恨みの泣き言で責め立てます。
すると青島先生が意外な行動に出て・・・。

この作品では、登場人物への愛を感じました。
ベタベタしたものではなく、しっかりしろよ!と背中を叩くようなカラッとした愛を。
成り行きから互いの抱える悩みを赤裸々なまでにぶつけ合い、そこからハラハラドキドキ意外な思いやりが生じます。
人にはなかなか言えない思いを徹底的にぶつけてこそ得られる爽快感がありました。
スーパーヒーローが登場しなくても、心を通わせて問題を解決する。
最後は笑いながら肩を抱く彼らを、目を細めながら見ていました。

装置・ 阿部一郎、照明・ 中川隆一、音響・ 中島正人、衣裳・竹原典子

※公演の詳細は青年座のサイトで。

(青年座劇場にて)

『ヘンリー六世』(10/27-11/23)
新国立劇場 中劇場で、三部作一挙上演『ヘンリー六世』の公演が行われています。
毎日一部ずつ観てもよし、もちろん一気に全部観たいという方もいるでしょう。
(最近は、長時間の上演に観客も驚かなくなりました。『コースト・オブ・ユートピア』の三部作上演が記憶に新しいところです)

かくいう自分は一日目に第一部第二部、二日目に第三部を観る。今回はこんな組み合わせにしてみました。

この『ヘンリー六世』には多くの登場人物が出てきます。
俳優が複数演じてその臨場感を出すわけですが、ヘンリー六世を演じる俳優は一役のみ。
扮するのは、浦井健治です。

何作か彼の出演作を観ていますが、出演の名前を聞いても観るまではどんな人物像だかわからない。
浦井健治は毎回そんな嬉しい裏切りと期待を抱かせてくれます。

(『エリザベート』(2005年9月)、
 『アルジャーノンに花束を』(2006年2-3月)、
 『ダンス オブ ヴァンパイア』(2006年7-8月)、
 『マイ・フェア・レディ』(2007年6月)、
 『ワイルド・ビューティー』(2008年3月)、
 『ルドルフ -ザ・ラスト・キス』(2008年5月)
 『回転木馬』(2009年3-4月)など過去の観劇記より)

今回は話題作ということもあり、誌面で稽古風景を目にする機会がありました。
しかし、その写真の印象とは異なり、舞台の上のヘンリー六世の姿は想像以上のものでした。
ヘンリー六世の肩にのし掛かる責務、情愛、恐怖、悲哀…そこから生じる苦悩の色、浦井ヘンリーを観て、鵜山演出ではこう来たか!という驚きと楽しみで心が満たされるのを感じました。
わずか生後9ヶ月で王位を継承したヘンリー六世が波乱に満ちた世相をどう生き抜くのか、そして彼の最期とは?その行方を見守る楽しみが観客に与えられたのです。

さらに小説ではなかなか理解できなかったヘンリー六世と周囲のアクの強い人物たちとの相関関係。
だからこんな確執が生まれ、戦いが生じるのか…観劇後の余韻にひたりながらページをめくると舞台の光景が蘇ります。

緻密な演出を楽しみに、劇場へ足をお運びください。
来年3月には蜷川幸雄演出で、同じく『ヘンリー六世』が彩の国さいたま芸術劇場で、こちらは二部制の一挙6時間上演が行われるようです。

さて、最後になりましたが、新国立劇場には演劇研修所があります。
今回はその一期修了生が数名、舞台で活躍しています。
中でも皇太子シャルルと行動を共にするアランソン公(第一部)、そしてエドワード公の息子ジョージ後にクラレンス公(第二部、第三部)という大きな役を演じていたのは、前田一世
昨年(2008年)研修所を修了。
その堂々たる姿とその柔軟さに、器の大きさを感じました。これからも期待しています!

作・ウィリアム・シェイクスピア、翻訳・小田島雄志、演出・鵜山仁、
美術・島次郎、照明。服部基、音響・上田好生、衣裳・前田文子

※公演詳細は、新国立劇場のサイトで。

※日によって、お弁当の注文できる日があります。
 7日(土)にいただいたのは、ランカスタープレート。
 ‘スタッフのつぶやきブログ’に内容が掲載されています。
 
(新国立劇場 中劇場にて)

☆「ヘンリー六世(第1部)」「ヘンリー六世(第2部)」「ヘンリー六世(第3部)」白水Uブックス

『バンデラスと憂鬱な珈琲』(11/2-29)
上演時間休憩なしで1時間40分。
観客には有難い時間ではないでしょうか。
自分の集中力に責任が持てます。
この作品はストーリーは一貫しているものの、贅沢なキャスト(堤真一、高橋克実、小池栄子、村杉蝉之介、中村倫理也、高橋由美子、段田安則)によるオムニバスのコントの応酬です。
俳優のコントには、状況の正当性、分かりやすく言うと説得力があります。
だから、そのつじつまの行方を見届ける楽しみもある。
あっという間の上演時間が、ちょっと惜しい気がしました。
まずは肩の力を抜いて、劇場へ。

主演は堤真一
はるか昔から舞台の上の彼を観ている観客にとっては、かなり感慨深い想いをしたことと思います。
近年、劇団新感線で見せてきたコメディの要素が全開。
この舞台では、座長の感があります。
以下ネタバレになるかならないかのところなので、心配な方は読み跳ばしてください。

舞台を中心に観てきた者にとっては、『マクベス』ネタは感無量でした。
ある日、芝居のプログラムを整理していて見つけたのは『マクベス』のプログラム。
TPTの『マクベス』では堤真一はマクダフという重要な役どころでした。
しかし、見つけたのはそれではありません。
今手元に無いのでその時の記憶を辿ると、サンシャイン劇場で上演され、マクベスには江守徹が扮していました(1987年)。
堤真一は…兵士と死体の役どころ。
後年、プログラムを見て出演していたことに驚いたものです。
その後、舞台で目を引く役者として、そして主役として『バタフライはフリー』ではギターを片手に歌声を披露して、一つずつ、劇場とともに演じる役が大きくなり、真面目にとぼける三枚目が楽しみとなり、美しい殺陣に積み重ねた技と月日を感じて、そして…。
初めて観た舞台の彼の年齢と同じくらいの時を経て、役者として熟成された姿を現在観ているような気がしてなりません。

前置きが長くなりましたが、この作品はその集大成と、振り返るようなスピーディーな役柄と、今後の彼の可能性に期待を持たせてくれるような…例えて言えば様々な打ち上げ花火を観て、来年の花火をまた心待ちにするような、そんな期待を観客に持たせてくれました。
とにかく役者、役をどう作品づくりとして表現するか、その柔軟な素材が観客に希望と期待を与えるわけです。
コメディセンスのある良き共演者にも恵まれました。
さすが、シス・カンパニーのプロデュース公演です。

作・福田雄一・マギー、演出・マギー、
美術・松井るみ、照明・小川幾雄、衣裳・伊賀大介、音響・加藤温、映像・ムーチョ村松
企画・製作・シス・カンパニ―

※公演詳細は、シス・カンパニーのサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)