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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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tkts(ハーフプライス・チケット)
ロンドンのレスタースクエアには、正規にチケットを半額または割り引きで販売する通称tktsがあります。
以前から一度利用してみたいと思っていました。
たくさん観るなら利用しない手はありません。

日々どの公演のチケットが出ているのか公式webサイトで公開しているので、日本で事前にチェックして見当をつけることができます。
全ての公演のチケットが出ているわけではありません。
tktsのブースへ行くと、扱っている公演、価格が今や写真のように電光掲示板に表示されています。

10時に窓口が開きますが、その前から列ができていました。
その列に加わって、およそ15分で番がまわってきました。
予想どおり、チェックした公演が半額で出ていました。
「良い席がありますよ。」と係の人が笑顔で言ってくれるのですが、一番高い席は遠慮して、次のランクの席にしました。
正規の額の半額ですが、手数料を含めた額を支払います。

日本ではイープラスが得チケを出していますが、それの対面販売版というところでしょうか。
直接現地でもどんな作品が出ているのか確認してから買えるので、旅行者にも安心です。

いざ劇場に行ってみると、tktsは劇場からの戻り席を扱っているそうなので、座席は購入したランクの一番後ろの席でした。
そしてその列には私一人・・・。でも半額は有難かった。

先だっての『SPRING AWAKENING』といい、平日朝から特に予定もなく動ける人にはいいですが、時間の無い人は公式サイト等で事前にチケットを手に入れておく方が安心でしょう。

(tktsにて)


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『SPRING AWAKENING(春のめざめ)』(3/21-)
春のめざめ』という邦題で、日本にもこの春上陸するミュージカル。(劇団四季が日本版として上演します)
1998年にTPTが舞台化(演出は串田和美)したのを観ましたが、19世紀末のドイツが舞台のこの作品は、フランク・ヴェデキントの小説をもとに、思春期の青少年の様々なことへの目覚め、苦悩、無知ゆえに悲劇的な結末の切ない作品です。

ロンドンでは2月末で一旦公演が終わり、新たな劇場で3月21日からプレビュー公演が始まりました。
この情報は地下鉄に貼り出されているポスターで知ったのですから、ウエストエンドの宣伝効果たるやたいしたものです。

当日券で買い求めたチケットは、実はそうだと知らなかったのですが、当日券に限り最前列が格安(25ポンド)で売り出されるDAY SEATSの設定があり、その席を買うことができました。
(一番高い席は49.50ポンドですから、そのお得感はかなりなもの)
観客は学生を中心に若い観客が男女半々、もしかすると男性の方が多かったかもしれません。
ステージの上にも席があります。
日本ではステージシートへの手荷物の持ち込みがこの作品では禁止されていますが、ロンドン版も同様のようです。
その理由は観てわかりました。

いざ開演すると、手の届きそうな距離まで登場人物が迫ってきます。
14歳の男女の出会い。
好奇心という理由だけで肌を触れ合う姿には、緊張が漂います。
その気持ちが歌に乗せて届けられた時、観客もその想いを共有したような気持ちでドキドキしながら見守ります。

学校の教室を舞台にした男子生徒たちの会話、そして爆発寸前のエネルギー。
踊りと歌で彼らの胸の内が表現され、それがストレートに観る者の心を射貫きます。
そして心地良い胸のトキメキの後に、大人として、親として、彼らに知っていて欲しいことから目をそらさず、そして彼らの悩みに気を配る責任があることを知るのです。

彼らの悩みは宝石箱の中のキャンディように、様々な味の食べてみなければわからないものばかり。
ロンドン版ではキャスト一人一人の表現が、観客の大きな支持を受けていました。

キャストの経歴を見ると、芸能活動のキャリアはあっても、舞台デビューがこの作品という俳優がほとんどです。
彼らの魂の叫びが聴こえる作品の虜となりました。

CAST:Wendla  Sharlotte Wakefield
     Melchior Aneurin Barnard

※ロンドン版の公演詳細は公式サイトで。
 魅力的なキャストの映像が見られます。

※劇団四季で上演される公演の詳細は劇団四季の公式サイトで。

(NOVELLO THEATREにて)

☆「SPRING AWAKENING」CD
 邦題「春のめざめ」 オリジナル・ブロードウェイ・キャスト盤
 

☆作・フランク・ヴェデキント、訳・酒寄進一「春のめざめ」長崎出版
 サブタイトルには、‘子どもたちの悲劇’とあります。なんだか切ない。
 


ロンドン公演『NINAGAWA 十二夜』(3/24-28)
2005年に初演され、2007年に再演された(初日)『NINAGAWA 十二夜』が、ロンドンで上演されていたことをご存じでしょうか?
遠方ではありますが、バービカンシアターまで足を運んできました。

今回、一番楽しみにしていたのは、いつも日本で観ている歌舞伎の公演が、海外の観客にどのように受け止められるのだろうということです。
しかし、実際に劇場では観客の6割は日本人のように見えました。
それでもいつものように3階席に座ると、そこにはリュックを抱えた若い男女や、ロンドンで上演されるNINAGAWAシェイクスピア作品は全て観ているというイギリス人まで、周囲には様々な外国人の観客ばかりでした。

そして開演。
昨年の勘三郎のベルリン公演ではイヤホンガイドが使われたそうですが、こちらでは舞台上方の左右に英語の字幕が出ていました。
お馴染みの客席を映し出すセットが現れると、手を振り自分の姿を確認する若い観客の姿がそれだけで場を盛り上げます。
バービカンシアターでは花道は設えず、その代わりに下手に出入りする口を2箇所設けていました。
日本人の観客が多いので、上演中の場の盛り上げ方は心得て拍手が沸き起こります。
最初は拍手のタイミングを思案していた外国人の観客も次第に拍手に加わり、楽しそうに手をたたいていました。

歌舞伎が観客参加型のエンターテイメントであり、場を盛り上げて楽しむものだという意識を、こんなことから感じました。

※ロンドン公演の様子は、歌舞伎公式サイトで。

(バービカンシアターにて)

『醜い男』(3/22-29)
かつてベニサン・ピットで上演された『時間ト部屋』『道成寺』を演出したトーマス・オリヴァー・ニーハウス。

もしかしたら、これまでの作品で収まりきれなかった彼の感性が、この空間で発揮されたのかもしれない、と思うほどに衝撃的でいて、優しく、強く、観る者の心に働きかけるエネルギーを感じました。

TPTがThe Other Place2009として新たな場所で上演中の『醜い男』。

BankART Studio NYKでの上演は、一応、今回のみ、らしいので、この素敵で、エネルギッシュで、シニカルな作品にぴったりの、驚くほどに劇的なこの空間に足を踏み入れていただきたいものです。

TPTはどこに行ってもその精神を失わないことを確かめられた気がします。
いつの時代も演劇界の刺激的な部分を牽引していっていると感じさせてくれました。

人間は何をもって人を好むのか、何をもって評価しているのか、アイデンティティーとは。これらが愚かな皮肉と切なく激しい物語の中で展開されます。

観客の想像力と演出に刺激されて「空間」と「エネルギー」を直接感じてください。

作・マリウス・フォン・マイエンブルク、演出・トーマス・オリヴァー・ニーハウス、
訳・林立騎、美術・松岡泉、照明・笠原俊幸、音響・長野朋美、衣裳・原まさみ

※公演詳細はTPTのサイトで。

(BankART Studio NYKにて)

※写真は会場の入り口手前。座布団を手にして座席に向かいます。

『イリノイのリンカン』(3/18-22)
およそ180年前のこと。
町の人たちから人望厚い一人の青年。
その彼が、望まれて、あるいは党の戦略のために選ばれて、政治家としての道を歩んでいくことになります。
一方、彼に恋した裕福な家の娘メアリー(金子あい)は、小さい頃から自分の夫が大統領になると信じていました。
突風のようにエブラハム・リンカン(谷田歩)の前に現われたメアリー。
彼女との出会いが、リンカンの進むべき道をより明確なものにしていきました。

ここでは純朴な好青年が、その信念ゆえに突き進む上での苦悩が綿密に描かれています。
アメリカという国に住み、この国を愛するすべての人民に平等に与えられている権利について、誠実に考えを説いていくリンカン。
それがこの国の一つの考えを変えました。
同じくらい大きな反対意見がある中で、彼を指示する民衆の声が、リンカンを大統領にしていきました。

政治家となったリンカンの顔からは、心なしか笑顔が消えていったように思います。
人類の自由と人権、生きるために働いて得る対価について平等であると主張する一つの信念のもと、気づいた時には一国を導く立場となっていた彼の苦悩。
その傍らで、本来ならば夢がかなうことを一番に喜ぶ妻のメアリーとの心のすれ違いなど、彼が犠牲にしたものについても語られています。

私たちはリンカンの功績が、現在のアメリカの大統領の誕生に及ぼした影響を知っています。
人々が大きな「変化」を望む時代がまた廻ってきました。
今年はリンカン生誕200年にあたるそうです。

喜びと苦悩、そして誠実さをリンカンに扮した谷田歩は、その責務を背負ったように力強く見せてくれました。
そして、彼の心に陽の光のように射し込み、風のように後ろから後押しする清々しい金子あいのメアリー。
それは場面ごとの特徴を捉えた舞台美術とともに、観客の心を捉えました。

作・ロバート・E・シャウッド、訳・荒井良雄、演出・吉岩正晴、
美術・佐藤朋有子、照明・齋藤茂男、音響・藤平美保子、衣裳・本城よしえ

※公演詳細は、ハーフムーン・シアター・カンパニーのサイトで。

(俳優座劇場にて)

※4月18日(土)杉並公会堂小ホールにて、この作品の朗読劇『リンカンの肖像』が行われます。
 お問い合わせは、ハーフムーン・シアター・カンパニー(TEL:03-3368-6714)へ。
『オイディプスの娘』(3/18-22)
王を殺し、その后を妻とし、それが自分の両親であったという真実を知った時、その現実を悲観して自らの眼をつぶしたオイディプス王
そのオイディプスの子どもの一人がアンチゴーヌ
ここでは20歳になったアンチゴーヌが登場します。

墓に葬ってはならないという現在の王であるクレオンの命に背き、アンチゴーヌは兄の死骸に土をかけた罪で連行されます。
死を覚悟したアンチゴーヌの行い。
その代償は、計り知れないほど大きなものでした。

舞台の上には、威厳ある王の玉座、そして小さなアンチゴーヌのかわいい椅子。
Wキャストで演じられるアンチゴーヌ、本日は佐藤麻衣子が演じました。
静かに真っすぐに前を見つめるその体からは、固く大きな決意が感じられました。
この静かな舞台に、登場人物の気持ちが存在しているのを感じました。
アンチゴーヌの決意にとまどい悲しむ恋人エモン(西岡野人)、妹の行いを自分のことのように悲しむ姉イスメーヌ(野水佐記子)、彼らを想いながらも王として決断を下すことに苦悩するクレオン(大渕浩)。
彼らの熱意がダイレクトに観客に伝わります。
兄の死の真実を知り、苦悩し、意志を貫くアンチゴーヌ。
彼女を演じた俳優の満足そうな顔が、私たちの受け止めた想いと重なったような、そんな充実感を味わいました。

台本・演出・新城聡

※公演詳細は明石スタジオのサイトで。

(明石スタジオにて)

『昔の女』(3/12-22)
開演前、渡されたチラシを眺めてみると、この作品の演出の倉持裕の名前が、複数見つかりました。
作家として、演出家として、脚本家としての倉持裕。
これまでに彼の作品の何を観たことがあるだろう・・・と思案したところで、浮かばない。
何がこれから始まるのか、期待に胸を膨らませて開演を待ちました。

ドイツの最先端劇作家と称される作家ローラント・シンメルプフェニヒの作品です。
舞台の両脇に通路を設えたようなコの字の舞台は、引っ越し前日のある部屋の一室。
真正面には玄関が見えます。
全てはそこから始まったサイコサスペンス。
心臓の弱い人には、ちょっとしんどいかもしれないと思うほど、衝撃は突然、そして次々とやって来ます。
予想を越えた展開を、倉持の一風変わった演出がその心理を大きくえぐり、目の前で起きる物事の深刻さを観客に植え付けているようでした。

物語の導入としては、引っ越しを明日に控えたある家庭に、夫(松重豊)の24年前の恋人と名乗る女性(西田尚美)が現われたことから始まります。
ドアを開けたのは夫。
姿を見ても、若い頃の恋人の一人でしかなかった彼女を、すぐには思い出せません。
しかし、気配を感じた妻(七瀬なつみ)が腹を立てるほど、夫の「昔の女」は、今でもずっと夫のことを愛し続けているというのです。
諦めて帰りかけた彼女の後ろ姿を息子(日下部そう)とガールフレンド(ちすん)が気に留めたのが、これから起こる衝撃的な事件へと大きく発展することになるとは・・・。

登場人物のセリフの応酬によるこの作品は、登場人物と、そして観客の心理を大きく狙ったものへと変って行きました。
場面が行きつ者戻りつするのが特徴ですが、最初とその次に訪れる同じ場面に施された変化が、その技法を飽きさせるどころか恐怖へと陥れていくのを感じました。
どうしてそんなことになるのか、人が腹を立てる時の心理、そして何をもって油断するのか、よく心得た構造となっています。

昔の女は本当にこの家に来たのだろうか・・・幻にも感じられる不思議な存在と数々の出来事。
しかし、ボーイフレンドの姿を追い続けていた息子のガールフレンドの全てを見つめる目が、そこで起きたという事実を物語っており、私たちはやはり恐怖から逃れることはできないのです。

作・ローラント・シンメルプフェニヒ、翻訳・大塚直、演出・倉持裕、美術・中根聡子、照明・小笠原純、音響・上田好生、衣裳・太田雅公

※公演詳細は、新国立劇場のサイトで。
 この作品はシリーズ・同時代【海外編】の第1弾として上演されています。

(新国立劇場 小劇場にて)


『in-i』(3/9-15)
フランス映画の「ポンヌフの恋人」(1991年、監督・脚本・レオス・カラックス)に登場するジュリエット・ビノシュに憧れた人も多いと思います。
その彼女が映画だけでなく、パリで好評を博した舞台作品で、今、日本の舞台に立っています。
映画で見た彼女の演技を目の前で見られるという期待を胸に、劇場へ向かいました。

場所はシアターコクーン。
ロビーには、いつもの芝居の雰囲気とは異なる空気が流れていることを肌で感じていました。
そして劇場内を見渡すと、外国人の観客が多いのに気が付きました。
観客の姿は、まるでオペラかクラッシックのコンサートを聴きに来たような洒落た服装と厳粛さに包まれていました。

セリフは、全編英語。
そして舞台の両側には日本語の字幕が流れます。
登場するのは男性(アクラム・カーン)と女性(ジュリエット・ビノシュ)、ただ二人だけ。
そして男女の出会いから「愛」へと深まる物語が動き出しました。

女性が男性に一目ぼれ、そして彼を追いかけ、つきまとう。
どんなに拒まれても、彼に食らいついて行く女性。
これが男女逆だったら、ずいぶん暴力的に見えるのだろうと思っているうちに、彼女の想いが成就し、二人の生活が始まりました。
舞台の上でダンスの他にパントマイムで表されるのは、寝て、食べて、排泄して、これぞ現実の生活です。

ダンスと芝居、それが意味するのは、きれい事だけでは済まされない私たちの生活習慣、その全てを包む「愛」。

様々なエピソードを経て彼らが行き着く先を、彼女のセリフに自分自身の姿を投影しながら見守りました。

感情と生活の全てを、彼らは自分たちの体に取り込んで、全身全霊で表現している、そんな気迫を感じ、カーテンコールでのジュリエット・ビノシュの満足そうにはにかんだ笑顔に、私たちも同様の想いを込めて拍手を送りました。

共同演出・出演:ジュリエット・ビノシュ/アクラム・カーン、
ヴィジュアル・デザイン:アニッシュ・カプーア、音楽:フィリップ・シェパード、ライティング・デザイナー:マイケル・ハルズ

※公演詳細はBunkamuraのサイトで。

(シアターコクーンにて)

『グレンギャリー・グレン ロス』(3/2-11)
1980年代の不況下のアメリカ。
不動産のセールスマンたちが、どう生き抜いて行くか、中華料理店でそれぞれ別の部屋にいる彼らの会話から始まります。
そして二幕では、荒らされた事務所。
契約書がいくつか、そして商品の情報が盗まれた模様。
警察による犯人捜しとともに、より深い彼らの生きざまを知ることになりました。

アメリカン・ドリームも夢ではない熾烈を極める男のドラマ。だけではない人生の機微をこの舞台から感じました。
ここには、過去の栄光を背負った者、今を盛りと突っ走る者、自分の居場所をいつ失うか気が気でない者、現状のシステムに背を向ける者など、様々な男たちが登場します。
自分の腕(やり方)を頼りに、自分の足でその成果を上げようとしている姿を見て、何が彼らをここまで懸命にさせるのか、そこに働くことの原点があるように思いました。

しかし、この作品では彼らのそんな日常を背景に、追い詰められた人間の心のスキ、それが人の人生を台なしにしてしまう恐ろしさを身近なものとして感じさせます。
男たちの人生の一場面を切り取って、そこにあるべきものの存在感を存分に見せられたような作品です。

ふと見せるその顔に、彼の背負っているもの全てが見える清水幹生のレヴィーン。
そして、売上の少なさに焦りながらも懸命に生きている坂部文昭のアーロナウ。
彼らの姿を忘れることができません

今の時代に無いものがそこにある、そんな憧れと驚きがある作品です。

作・デイヴィッド・マメット、演出・江守徹、
装置・石井強司、照明・金英秀、衣裳・宮本宣子、音響効果・望月勲

※公演詳細は、文学座のサイトで。

(紀伊國屋サザンシアターにて)

☆「摩天楼を夢みて」プレミアム・エディション DVD
 『グレンギャリー・グレン ロス』の映画版
 



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