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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『ピランデッロのヘンリー四世』(2/12-3/1)
原作はルイージ・ピランデッロ
昨年、新国立劇場で観た『山の巨人たち』の作者です。(新国立劇場のサイトではルイジ・ピランデルロと表記)
その時感じたのは‘ストーリーがありそうでない、終わりの見えない、舞台の上の出来事が現実か夢かわからないもどかしさ。
自分自身の融通のきかない思考回路を恨めしく思ったものです。

さて、この『ピランデッロのヘンリー四世』は、ある事故をきっかけに自分をヘンリー4世だと思い込んだ男が、それに付き合う家の者と一緒に、毎日を芝居の一幕、というより11世紀さながらの暮らしをしています。
そこへ訪ねてくる旧友とその家族。
彼らの出現で、ある真実が見えてくるのですが・・・。

英新訳はトム・ストッパード、そして上演台本は白井晃。
演出も白井晃で、この奇妙な男の物語の舞台となる作品のイメージとロマンの世界へ、映像による効果で観客を導きます。
白を基調とした舞台が状況に応じて自在に変化し、幻想的な物語がダイナミックに展開していきました。

少々サスペンス仕立ての展開が、観客を物語のその先まで引き寄せました。
しかし、そこで知った真実を胸に抱いたまま、結局は現実か夢かわからない出来事が余韻として舞台の上に存在する、美しい舞台からはその光景だけが瞼に残るように思いました。

ところで、作品を十分に理解仕切れない自分を恨めしく思う反面、ルイージ・ピランデッロのプロフィールを読むたびに、様々な彼の作品の舞台を観てみたい衝動にかられます。
作者の想いを理解したいのかもしれません。

作・ルイージ・ピランデッロ、英新訳・トム・ストッパード、翻訳・小宮山智津子、
上演台本・演出・白井晃、美術・松井るみ、衣裳・太田雅公、照明・齋藤茂男、音響・市来邦比古、映像・栗山聡之

※ルイージ・ピランデッロ(新国立劇場のサイトではルイジ・ピランデルロと表記)のプロフィールについては、新国立劇場のサイトで。

※公演詳細は、世田谷パブリックシアターのサイトで。

※3月の公演については、まつもと市民芸術館のサイトで。

(シアタートラムにて)

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『ワーニャ伯父さん』(2/19-3/1)
チェーホフの作品では、例えば『かもめ』のように、田舎で暮らす人々が、都会から嵐のようにやってきた人々からは時代に取り残されたように描かれているところが、寂しいと思うのです。
その反面、都会暮らしで消耗してしまった人間らしさが、その田舎にはあることも感じさせてくれます。
この『ワーニャ伯父さん』では、後者の田舎に住む人々の良い所を感じさせてくれました。

ロシアの田舎で暮らすワーニャ(木場勝己)と、彼の亡くなった妹の娘のソーニャ(伊沢磨紀)、ワーニャの母親(楠侑子)、そして往診にやってくる医者のアーストロフ(小須田康人)。
突然ソーニャの父親が、若く美しい後妻エレーナ(松本紀保)を伴って彼らの暮らす田舎にやってきたことに端を発します。

田舎で暮らす彼らは、明るく屈託がなく、自分のすべきつとめを果たし、日々を懸命に生きています。
そんな彼らが支えあって生きる姿は羨ましくもあり、共感を覚えます。
そしてエレーナの、この森林に囲まれた田舎の人々の暮らしを敬い、そこに自らが溶け込もうとする姿に好感を抱きました。

常に物事を客観的に見据えて、世間を知らないソーニャを妹のように愛おしく見つめるエレーナ。
その眼差しは、実は観客の目線の延長線上にあるのではないでしょうか。
エレーナに好意を寄せるアーストロフ、そしてワーニャ。
自己防衛ゆえなのか、一番冷静に人々の関係に目を向けているのはエレーナでした。
その視点は、私たち観客と同じなのかもしれません。
だからこそ、彼女の感じるトキメキや葛藤、そして決断が、観客の心を捉えました。

終盤、ワーニャとソーニャを残して人々が去り、そこに残された二人はあまりにもあっけらかんとした印象を受けました。
これから残りの人生を彼らが何を胸に抱きながら生きていくのか、その二人の気持ちの余韻をもう少し感じたかったと思います。
しかしそれは、長く苦労を重ねた彼らの強さなのかもしれません。
何はともあれ活き活きとした人物の描写が、登場人物の言葉を素直に届けてくれました。

作・アントン・チェーホフ、英訳・マイケル・フレイン、翻訳・小田島雄志、演出・山崎清介、照明・山口暁、音響・角張正雄、美術・松岡泉、衣裳・三大寺志保美

※公演詳細は、公式サイトへ。

(あうるすぽっとにて)

☆作・アントン・チェーホフ、訳・小田島雄志「ワーニャ伯父さん」白水社
 

『二月大歌舞伎』夜の部(2/1-25)
今月は、初日以来の歌舞伎座です。
もういちど、昼の部を堪能してから、そのまま夜の部へ。
歌舞伎座の怪人となって住み着いているような感覚を覚えました。
こんなハードスケジュールも友人と一緒だと、喫茶や食堂を渡り歩きながら楽しく過ごせるものです。

さて、夜の部は、『蘭平物狂(らんぺいものぐるい)』『勧進帳(かんじんちょう)』『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』

蘭平物狂』は、思惑、策略が物語の水面下で張り巡らされ、そこに人情が絡んだ一口では言えない壮大な物語です。
一幕の観客をも油断させる蘭平の行動、そして二幕の立ち回りの豪快さが見所です。
通常の殺陣に、さらに梯子や井戸を利用した趣向を凝らした場面が次々と登場し、目を放す暇もなく、手に汗を握りながら見ていました。
たいてい主役は形を美しく振る舞い、自身が体を張って殺陣に挑むのを見る機会はあまりないのですが、蘭平に扮する三津五郎は自らも豪快に立ち回り、客席からは感嘆の息が漏れていました。

勧進帳』は、弁慶に吉右衛門、富樫に菊五郎、義経に梅玉という顔触れに、四天王が段四郎、染五郎、松緑、菊之助と、これもまたどの場面をとっても味わい深い作品でした。
吉右衛門の弁慶は、畏怖堂々とした姿というよりも人間味溢れる人柄が滲み出ているのが魅力です。
物語や展開はよくわかっているのに、弁慶役の役者によって、作品全体の趣が変わるのですから、歌舞伎の楽しみは尽きません。

三人吉三巴白浪』~大川端庚申塚の場~
お嬢吉三(玉三郎)、お坊吉三(染五郎)、和尚吉三(松緑)の役者も豪華でフレッシュな顔合わせです。
この「大川端庚申塚の場」では、偶然出会った三人が義兄弟の契りを交わす名場面が爽快に描かれているのが何故か嬉しい。

昼も夜もどの演目を取っても豪華な二月の歌舞伎座です。

※公演詳細は歌舞伎公式ウェブサイトで。

(歌舞伎座にて)
 
※写真は今月も「大入」の歌舞伎座。
『スーザンを探して』(1/16-3/5)
アバの楽曲を使用したミュージカルに『マンマ・ミーア!』があることを知る人は多いと思います。
英、日の舞台、そして映画になった作品を観ました。それについてはまた後日。

さて、この『スーザンを探して』は、逆に映画「マドンナのスーザンを探して」(1984年公開)を原作としているそうです。
このミュージカル作品は、1970年代に流行したブロンディの楽曲を使用し、作品の舞台も1973年。
昨年、帝国劇場で上演された『ウェディング・シンガー』のように、登場人物のファッションで時代がわかります。

携帯電話が無い時代。
バンドのツアーでアメリカ中を飛び回っているジェイ(吉野圭吾)が、住居を定めない恋人のスーザンと連絡を取る方法は、新聞の個人広告。
今で言えばウェブサイトの掲示板ということになるのかもしれませんが、そこは新聞ですから、多くの人が日常で見かける機会があるわけです。
ダンナに浮気相手がいるのを感じつつ、ほったらかしにされている専業主婦のロバータ(保坂知寿)。
彼女はこの個人広告を見ては、どうしようもなく愛し合っている(ように思える)彼らに憧れを抱き、ついにはスーザンと自分を重ねることになるのです。
現実逃避か、変身願望か、そんな一言では言い表せないロバーダの内に秘めた心の叫び。

どんどん引き込まれるストーリー展開、そしてWキャストで演じられるスーザン(真琴つばさ&香寿たつき)。
観劇日は、香寿たつきでした。
奔放なスーザン、危なっかしいスーザン、だけど憎めないスーザン。
香寿たつきは、何て柔軟で表現力豊かな俳優なのでしょう。
OUR HOUSE』ジョーの母親役から、このスーザンまで、様々な表情と確かな歌唱で観客を楽しませてくれます。
そしてG2によるミュージカル演出は、ますます奥深いものを感じさせてくれるようになりました。
それにしても、20~30年前はポップスの宝庫だったのだと改めて感慨深く思います。

音楽・作詞・ ブロンディ、台本・原案・ ピーター・マイケル・マリーノ、追加曲・デボラ・ハリー/クリス・スタイン、オリジナル編曲・マーティン・コッチ、
原作・レオラ・バリッシュ脚本によるメトロ・ゴールドウィン・メイヤー映画「マドンナのスーザンを探して」
演出・翻訳・訳詞 ・G2、美術・松井るみ、照明・高見和義、音響・大坪正仁、衣裳・伏見京子

※公演詳細は東宝のサイトで。

(シアター・クリエにて)

☆映画「マドンナのスーザンを探して」DVD
  

『マルグリット』(2/10-18)
ついこの間、この赤坂ACTシアター劇団新感線の『リチャード3世』で迫力ある女たちの関係に酔いしれていたと思っていたら、今度はロンドンミュージカルの日本版の舞台が繰り広げられています。

ミュージカル『マルグリット』。
とても洗練された舞台とキャストに、休憩時間には飛びつくようにプログラムに目を通しました。
ロンドンのヘイマーケット・シアターで上演された作品を、演出のジョナサン・ケントやデザインをそのままに、日本人キャストで上演しているというものです。
オペラでも有名な『椿姫』がベースにあるというこの作品は、第二次世界大戦下、ナチス占領下のパリを舞台に、自分の意志で生きることの難しさ、謂れのない差別、権力者に群がる富裕層など混沌とした世の中で、純粋な志を持つ人々の苦しみ、慈しみ、何物にも替え難い愛が美しい音楽に乗って浮かび上がっていました。

ドイツ人将軍のオットー(寺脇康文)の寵愛を受けるマルグリットに春野寿美礼が扮しています。
宝塚男役トップだった頃の彼女は知りませんでしたが、心の叫びや愛を語る音楽にのせた美しい声には、マルグリットの境遇が顕著に表われているのを感じました。

そして年上のマルグリットを愛してしまうアルマン。
田代万里生が扮しています。
まず観客の心を捉えて放さなかったのは、そのひたむきな眼差しと、心の底にある感情を彼の佇まいだけで見せてしまう表現力、そして一番の彼の持ち味である歌声の素晴らしさです。
田代はオペラ歌手として、既に経験と実績があります。
しかし舞台の上で最初に観客を魅了したのは、芝居としての表現力でした。
彼の歌声を初めて聴いた瞬間の、幸福な衝撃は忘れられません。
今回のアルマン=田代のような存在に、ミュージカルの舞台へようこそ!という気持ちとともに、オペラの世界で大いに観客を魅了して欲しい、そして経験を積んで素質をうんと伸ばして欲しい、という想いがあります。
純粋な心と青年の色気を感じさせるその表情で語りかける本物の歌声に、きっと多くの観客が虜になったことでしょう。

キャストに特化して述べると、アルマンの姉アネット(飯野めぐみ)、彼女の恋人でありアネットとともにバンド仲間であるルシアン(tekkan)、ピエロ(山崎裕太)、彼らが明日をも知れぬパリで肩を寄せ合い力強く生きる若者の切ない心をその歌声と存在で知らしめてくれました。
M6:あの頃は”Time Was When”彼らによる繊細な歌は秀逸です。)

良質の作品として、芝居、歌の全てがここにあると言っていいでしょう。

これからもっと大きな劇場で上演されるようですが、この赤坂ACTシアターでは、全編を通してまるで映画のスクリーンを見ているように優雅な舞台を楽しみました。

※公演詳細は赤坂ACTシアターのサイトで。

※この後、梅田芸術劇場メインホール(2/25-3/5)、日生劇場(3/12-29)へと公演は続きます。
 詳細はミュージカル『マルグリット』日本公式サイトで。
 
(赤坂ACTシアターにて)

☆「マルグリット」オリジナル・ロンドン・キャスト・レコーディングCD
 

☆ESCOLTA「愛の流星群」CD
アルマン役田代万里生が参加しているESCOLTAのデビューアルバム。


えびす組劇場見聞録第30号
えびす組劇場見聞録第30号が出来上がりました。
メンバー4人がそれぞれ選んだ作品と評をお楽しみください。

こちらをクリックすると、「えびす組」のホームページに跳んで、お読みいただくことができます。
ご案内が遅くなりましたが、「えびす組劇場見聞録」第30号は、1月下旬に下記の劇場に設置されました。
劇場への直接のお問い合わせはご遠慮下さい。

◆THEATER/TOPS◆タイニイ・アリス◆シアターサンモール◆駅前劇場
◆世田谷パブリックシアター◆シアタートラム◆こまばアゴラ劇場
◆テアトルフォンテ◆相鉄本多劇場◆シアターX◆銀座小劇場
◆STスポット◆カメリアホール◆みどり会館◆シンフォニア岩国
◆山口情報芸術センター◆北九州芸術劇場◆七ツ寺演劇情報センター
◆文学座アトリエ◆サイスタジオ◆山手ゲーテ座◆シアターZOO
◆にしすがも創造舎◆横浜赤レンガ倉庫1号館◆急な坂スタジオ
◆まつもと市民芸術館◆画廊Full Moon◆吉祥寺シアター
◆川崎市アートセンター◆王子小劇場new!! (順不同)

「えびす組劇場見聞録」ホームページ掲載演劇作品一覧も、演劇に興味がありましたらご覧ください。過去に取り上げた作品を掲載しています。

劇場に置かせていただいているのは、B5サイズ縦書きの瓦版。
見かけたら、手に取ってみてください。

『二月大歌舞伎』昼の部(2/1-25)
一月は歌舞伎観劇に奔走していました。
国立劇場、浅草公会堂、新橋演舞場、歌舞伎座の都内4箇所で、国立劇場は一日一公演でしたが、歌舞伎だけで昼夜異なる演目を一カ月に合計7本も上演しているのですから、嬉しい悲鳴をあげてしまいます。
残念なのは、作品を振り返る余裕がなかったことでしょうか。

それはさておき、二月になって本日は歌舞伎座『二月大歌舞伎』初日の幕が開きました。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』『京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)』『人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)』
どの演目をとっても見逃せない興味深い作品ばかりなのですが、なんといっても華やかなのは玉三郎菊之助による『京鹿子娘二人道成寺』の舞踏です。
2006年の再演を初めて観た時、通常一人である花子を二人で演じることの意味を二人の対比から感じ取っていました。

玉三郎と菊之助、二人のための同作品の上演は、今回で4回目となります。
過去の上演の録画を観ても、振りと下地にある物語は同じでも、そこに行き着くまでの表現の仕方に違いがあるように思います。それが作品をより「完成」に近づけていくのだと。
特に本日の舞踏から、それを実感しました。

ところで舞台上でアクシデントに直面した時、そこで演じる役者の力量が表れるものだと常々その様を見て思います。
二人で一人の花子。
一人の花子の困難を、もう一人の花子がとっさにカバーしました。
一瞬はっとしたものの、「だからこそ二人で一人」の想いを強くしたアクシデントでもあり、結果、それが作品上の人物の性根であるように思うのです。
美しいだけではない二人の表現による舞踏です。

人情噺文七元結』は、今の日本人に忘れられている様々な「情」について思い出させてくれる話です。
左官長兵衛に菊五郎、その女房お兼に時蔵、そして長兵衛と偶然出あったことから命拾いをした手代文七に菊之助が扮し、人の情について見せています。

※公演詳細は歌舞伎公式ウェブサイトで。

(歌舞伎座にて)