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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『URASUJI・3 寵愛-大陸編-』(1/21-2/1)
URASUJI』の新作です。
(前回の観劇はについては、こちら
文明開化だの明治維新だのと世の中が変わっていく中、日本を飛び出したメンバーは、ついに海を渡りました。

作・演出は松村武(カムカムミニキーナ)。
今回も歴史的な人物を巻き込んで、賑やかな舞台となりました。
しかしこれまでの作品よりスケールは大きいものの、人物の関係性がわかりやすいように思います。
敵味方に関係なく、誰をとっても愛着が沸いてきたのも魅力。

歴史上の人物の名を借りたキャラクターを、深沢敦が堂々と可愛らしく威厳を持ってその心情を表わす様に拍手喝采です。
明星真由美の凛々しい男装の革命家など、舞台の上はまるでアニメの世界から飛び出したような個性溢れる人物が次々と登場します。
突然マイクを取り出して歌うお馴染みのURASUJIメンバー(杏子、池田有希子、岩崎大、森貞文則)も頼りになります。
お祭り気分を味わいながら最後まで突っ走ったその後は、スカッとした爽快感!
スズナリの手の届きそうな舞台の上の真剣勝負に、思わず引き込まれてしまいました。

帰る頃には、サプライズ!
舞台を飛び出した出演者によるグッズの販売も楽しみの一つです。

作・演出・松村武、美術・古川雅之、照明・林之弘、音響・小笠原康雅、振付・前田清実、衣裳・加藤真理茂、殺陣・森貞文則
二胡演奏・土屋玲子

※公演詳細は公式サイトで。

(下北沢ザ・スズナリにて)

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『冬物語』(1/15-2/1)
演劇の持つ想像力と可能性溢れる、醍醐味のある作品です。

シチリアの王レオンティーズ(唐沢寿明)が、妻である王妃ハーマイオニ(田中裕子)と自国を訪問中の幼いころから親交のあるボヘミアの王ポリクシニーズ(横田栄司)の仲を疑ったことから、取り返しのつかない仕打ちを二人にしてしまいます。
アポロの神託により、全てレオンティーズの身勝手な妄想であったとわかった時既に遅く、王子と王妃の死が報じられ、王妃が獄中で産み落とした女の子の赤ん坊は行方知れずとなっていました。
16年後、羊飼いに拾われた赤ん坊はパーディタの名付けられ美しい娘に成長し、そしてレオンティーズの追手を逃れたポリクシニーズの息子フロリゼルと恋に堕ちました。
新たな物語の始まりです。
しかし、二人の仲を知ったポリクシニーズは交際を認めず、若い二人は引き裂かれようとするのですが・・・。

自身の勝手な妄想で、一瞬にして愛する人々に疑惑の目を向けるレオンティーズ。
極端なようですが、愛するがゆえの思い込みという彼の心情がわかるような気がします。
自問自答して自滅するならまだしも、王ゆえの権力が周囲の人々を不幸にしていきました。
妄想に囚れて振る舞うその様は、憐れで滑稽に映ります。
そのレオンティーズの喜怒哀楽を、気負うことなく唐沢が表します。

さて、この『冬物語』は、プログラムによると種本(『パンドスト』)があったのだそうです。
それでも16年後のボヘミアの話はシェイクスピアによるものだそうで、過去の残酷なシチリアの出来事と、16年後の花咲き誇るボヘミアの対比が、そこに生きる人々の苦悩と喜びを、鮮やかに描き出していました。

話を舞台に戻すと、成長したフロリゼルとパーディタの関係は、まるで運命の糸を手繰り寄せたかのようです。
フロリゼル(長谷川博己)の満面の笑顔が、既に築かれた二人の関係と幸福感を物語っているようでした。
長谷川フロリゼルの迷いのない笑顔は、本当に美しい。
そこだけ明るく日の光が射し、春のように溢れる生命力を感じていました。

この作品は陰謀や復讐の物語では決してありません。
最後まで演劇の持つ力を信じて、観客は目の前の奇跡を見守ります。
余計なものを削ぎ落とし、洗練された舞台が、その想いに応えてくれるでしょう。

作・ウィリアム・シェイクスピア、演出・蜷川幸雄、翻訳・松岡和子、美術・中越司、照明・勝柴次朗、衣裳・小峰リリー、音響・井上正弘、音楽・阿部海太郎、振付・広崎うらん

※公演詳細は彩の国さいたま芸術劇場のサイトで。

(彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて)

☆訳・松岡和子「シェイクスピア全集(18)」ちくま文庫
 「冬物語」を収録。
 

『アケミ』(1/2-18)
若手俳優有志によるHIGH LIFEというユニットによる第2弾公演だそうです。
第1弾から6年ぶりというのですから、それでも同ユニットで公演を打つ信頼関係が作品にも反映されていて、実に楽しい作品でした。
全てがネタバレになりそうなほど、そこかしこに何かが仕掛けられています。
しかし、作品の中心にあるのは、家族を含めた大切な人への感謝の気持ちと自身の自立。
THEATER/TOPSという劇場ならではの、舞台と客席との連帯感がとても心地良く感じられました。

とある喫茶店を舞台に、そこに集う客が皆、初対面なところが、私たち観客も一緒になって関係を築いていくような感覚がありました。
笑いあり、共感あり、涙あり、そして日替りで登場するゲストのサプライズなお年玉ありの1時間50分。
一人で観に行っても、心を温めて家路につけるような楽しみがあります。

ちなみに本日のゲストは、高橋由美子山路和弘
歌舞伎でいう「御馳走」のような観客へのサービスです。

もうすぐ閉館のこの劇場とともに作品を、心に刻んできました。

HIGHT LIFEのメンバーは、小林正寛蟹江一平猪野学綱島郷太郎鈴木浩介
脚本・演出・福島三郎、舞台美術・阿部一郎、照明・佐藤公穂、音響・大久保友紀

※公演詳細はHIGH LIFEの公式サイトで。

(THEATRE/TOPSにて)

『イノック・アーデン』(1/9-12)
国立劇場から数軒お隣にあるTOKYO FMホールで行われました。
劇団四季を退団した石丸幹二の、久しぶりの舞台への登場です。
「言葉と音楽」シリーズ第1弾のこの作品は、朗読と音楽はピアノ(演奏・石野真穂)のみ。
石丸は、かつて劇団ではストレートプレイでも観客を魅了する独特の声色を持った俳優です。
古い話になりますが、ジャンヌ・ダルクを主人公にした『ひばり』(1993年)で、石丸の役はシャルル7世でした。
まるで中世の本の挿絵から出てきたようなその姿で、言葉で応酬するジャンヌとの駆け引き、そして正気なのかふざけているのかその複雑な表情が印象に残っています。

さて、この作品のタイトル『イノック・アーデン』は、イギリス・ビクトリア朝時代の詩人アルフレッド・テニスンが1864年に著した物語詩(チラシ紹介文より)です。
一人の男の一生涯の物語、彼の名は、イノック・アーデン
幼いころから抜きん出た勇気ある少年が、幼なじみの少女と結ばれて得た幸せ、そして引き離された悲しみ、苦しみの、人生の全てが語られました。

波瀾万丈で気骨のあるイノックの生涯を、作曲家リヒャルト・シュトラウスが作品に感銘して後からつけたという曲をピアノの調べを背景に、石丸が語り尽くします。
そこにはかつて聴衆を魅了した石丸の歌唱は一切ありませんでした。
しかし情感溢れる物静かなその語りが、遠くから家族を見守るイノックの想いと重なり、胸が熱くなりました。

この音楽と朗読は、彼のライフワークとしていくそうですが、その語りをこれからも楽しみにしたいと思います。

原作・アルフレッド・テニスン、作曲・リヒャルト・シュトラウス、訳・原田宗典、
演出・白井晃、照明・小川幾雄、美術・松井るみ、音響・松山典弘

※公演は終了しましたが、公演詳細はこちらの公式サイトで。

(TOKYO FMホールにて)

☆作・アルフレッド・テニスン、訳・原田宗典「イノック・アーデン」岩波書店
 

『パイパー』(1/4-2/28)
オイル』(2003年05月-2003年06月 )、そして『ロープ』(2006年12月-2007年01月 )に続き、野田の心の叫びが響くような作品である新作の『パイパー』。

その舞台は火星。
知っている者と知らない者、そして知らせたい事と葬りたい事、これらがその始まりを地球から火星に初めて移民してきた人々を起源として語られていきます。

理想の星であろうとする、火星。
人々の幸福度が刻々と数値で表されています。

食料を外の世界から運び入れ備蓄するこの星で、その供給が得られなくなった時に起こることとは想像に難くないでしょう。
滅び行く今の火星に生きる姉妹フォボス(松たか子)、ダイモス(宮沢りえ)。
なぜこんな星になってしまったのか?
二人の父親は、食道楽のすばらしい歴史の記憶のみを、ずば抜けた記憶力を持つ少年に伝えようとし、知らないが故にダイモスは過去に人々に埋め込まれた記憶のチップから無作為に探ろうとします。

作者はここでも警鐘を鳴らしています。
理想の星では都合の悪いことは隠されたまま。
それは映画「ソイレント・グリーン」(監督・リチャード・フライシャー)を彷彿とさせるものがありました。
無いのなら、あるもので賄うとはこういうことなのか。見せようとしない、そして見ようとしなかった真実の恐怖に襲われます。
野田作品から発せられる言葉の一つ一つが、一頃より分かりやすくなっているように思いますが、だからこそダイレクトに胸に突き刺さります。
いや、訴えるその先の人々が、単純明快でないと理解できなくなっていることを案じた策かもしれません。
近年の野田作品で再三訴えられていると思うのは、歴史に学べ、という視点です。
どうすれば過去の過ちを繰り返さずに済むのか、作者が歯軋りしながら見ているような気がします。

さて、姉妹の対比がこの二人によって鮮やかに描かれています。
宮沢りえが『人形の家』のノラとは打って変わった男勝りのフォボス役。彼女の柔軟に対応する演技が見ていて気持ちがいい。
そして純粋無垢なダイモスが、事実を知って変化して行く心の内を、松たか子が見せます。それはまるで色が変化していくように目に映りました。

2月28日まで。
幸福度の数値のように支持率、相場、偏差値、星の数など数字に敏感なこの国が、公演が終わる頃にはどんな世の中になっているのか予測できるでしょうか。

作・演出・野田秀樹、美術・堀尾幸男、照明・小川幾雄、衣裳・ひびのこづえ、選曲・効果・高都幸男、振付・近藤良平、映像・奥秀太郎

※公演詳細は、Bunkamuraのサイトで。

(シアターコクーンにて)

☆「新潮 2009年2月号」新潮社
 『パイパー』の戯曲が掲載されています。
 

『ウィルリーケ メアリー スチュアート』(12/28-1/10)
TPT70@ベニサン・ピット final!

ベニサン・ピットで上演されるTPTの最後の作品です。
という、こんなセンチメンタルな気分が吹っ飛ぶほどの衝撃、そして仕舞いにはその先にあるものを見つめる気持ちが沸き上がってきました。

作者は、エルフリーデ・イェリネク。
台本・演出は川村毅。

目を背けたくなるような状況の中、子供たちの声を高いところに聞いて、革命を掲げる母親のウィルリーケはまるで地を這うように進むべき道を探りながら進んで行きます。
彼女の前に現れるのは死んだはずのメアリー・スチュアート。
多くの感情が渦巻く世界で、ウィルリーケは生きているのか死んでいるのか。

そして日本では。革命という言葉の響きが若者たちには怪しい魅力となって、彼らを突き動かしているように見えます。
その行為が非難されるのか称賛されるのか、はたまた美化されるのか。
迎える結末は、ここでは記しませんが、人々が抱える諸問題を打破してしまう迫力のみが存在しているようでした。

破壊的なラストは、誰もがベニサン・ピットという「建物」と結び付けたことでしょう。
多くの若い役者の力強い精神が、そこから放たれて行きました。
新天地でのTPTの活動を、これからも見守りたいと思います。

作・エルフリーデ・イェリネク、訳・山本裕子、台本・演出・川村毅、装置、石原敬、照明・笠原俊幸、衣裳・萩野緑、音響・藤平美保子

※公演の様子はTPTのサイトで。

※そして、TPTの今後の活動もこちらのサイトで。

(ベニサン・ピットにて)

※写真は、ベニサン・ピットの裏側の、ベニサン・スタジオの入り口側から。
 
『壽初春大歌舞伎』昼の部(1/3-27)
この観劇記をご覧いただき、ありがとうございます。
さて、新年明けて観た芝居は何ですか?
ジンクスを信じるわけではありませんが、自分にとっては年の始めに観たジャンルの芝居を、その年に多く観ているような気がします。
ある年には旅先で元旦から観たのがミュージカルで、その一年はミュージカルづくしでした。
もっとも、年明け早々に観ようというくらいですから、関心の大きさが違うわけです。
自分にとって好きなジャンルが表われているのかもしれません。

さて、今年は歌舞伎座昼の部が初観劇となりました。
既にご存じのとおり、2010年4月をもって現在の歌舞伎座は建て直しのため取り壊されます。
それで、それまでの期間を「歌舞伎座さよなら公演」と銘打って上演されることになり、昨年は観たい作品のアンケートが行われました。

一月の歌舞伎座は、大顔合わせの豪華な役者が登場しています。
尾上菊五郎、中村吉右衛門、中村富十郎、坂東玉三郎、松本幸四郎、そして夜の部には中村勘三郎などなど(五十音順)。

その昼の部の演目は、「祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)」「俊寛(しゅんかん)」「十六夜清心(いざよいせいしん)」「鷺娘(さぎむすめ)」

祝初春式三番叟」、国土安穏や五穀豊穣を祈っての厳かな舞に心が洗われるようでした。富十郎の伸びやかな声と力強い踊り、菊之助の品の良いしなやかな舞踏など、その厳かな舞に新年から将来を託したくなるような舞台でした。

俊寛」は幸四郎の俊寛で、2007年10月に国立劇場で観た作品です。
(その時の観劇記はこちら
今回も俊寛僧都(幸四郎)、海女千鳥(芝雀)、丹波少将成経(染五郎)、丹左衛門尉基康(梅玉)の配役はそのままに見せてくれました。
国立では3階席から観た時に、浜が海へと変わるその場面転換に感動したものでした。
作品とともに舞台美術を是非お楽しみください。
そして最期は俊寛の悲しみに暮れる表情が涙を誘います。
崖に駆け上るクライマックスシーンは、上の階の客席に近くづいてくる醍醐味が感じられるような気がします。

十六夜清心」では、僧である清心(菊五郎)の自業自得かはたまた運命のいたずらか、人が変わっていく様子を菊五郎が笑いの中に現実味のある演技で見せています。

そして最後は、玉三郎による「鷺娘」。
写真やVTRでしか観たことのなかったのですが、そこでは鷺の精である娘が最期に命を全うする様がクローズアップされていました。
しかし、それまでに鷺娘の娘としての可憐な想いの数々の舞踏があることを知りました。
娘の生涯の喜怒哀楽が集約されているような舞踏は必見です。

それではまた後日、歌舞伎座 夜の部で。

※公演詳細は歌舞伎公式ウェブサイトで。

(歌舞伎座にて)

※写真は歌舞伎座の垂れ幕のかかる外観です。
 最近ではカメラに日本的なその美しい外観を収める方が多くなりました。