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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
studio salt第10回記念公演『中嶋正人』(11/22-30)
11月に観たいでも紹介した studio salt(スタジオソルト)の第10回記念公演『中嶋正人』。
注目すべきはその脚本にあります。
様々な角度から物事を見据えた舞台の上の的確な描写には驚きました。
作品の本質を表わすのに無駄が無く、それでいて観客の知りたい情報は満たされています。

今回も問題の本質から目を逸らさずに、正面から取り組む作者の姿勢は変わりません。
初演時には登場人物は4人だったそうですが、この再演では客演もあり、様々な角度から問題に向き合うことが可能になったのだと思います。

さて、劇団の紹介文では‘「中嶋正人」は、「死刑」という名の「合法的な殺人」という制度を、初めて執行を命ぜられた刑務官の苦悩を軸に描いた作品’であるとことが述べられています。
死刑囚、被害者の家族、そして死刑を認める側の法務大臣まで登場させて、現実に行われている「死刑」について、それぞれの当事者の立場で描かれているのです。
もちろん、フィクションですが、その極刑に至る過程を物語の背景に感じつつ、現代の社会の構造の中で生み出される人々についても考えさせられました。

舞台の上で起きる全ての要素が、見終わった観客への大きな一つの問いかけだと感じるこの作品、劇場入口で上演台本も販売していますので、是非一度、なんらかの形でこの作品に触れていただきたいと思います。
個人の意見とは関係なく、職務として遂行する義務のある刑務官。
来年5月より導入される裁判員制度で、国民の義務として、その一端を私たちも担うことになるのでしょうか。

いつものstudio saltの俳優たちが慎重に好演している姿にも胸を打たれました。

作・演出・椎名泉水

※公演詳細は、studio saltの公式サイトで。

☆彼らの舞台裏や、日々の活動がUPされている「塩日記」。
 注目のサイト欄に掲載しています。

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『獅子虎傳阿吽堂 番外編』(11/22)
歌舞伎座昼夜公演は毎月欠かさず、それに最近では新橋演舞場、国立劇場、浅草の平成中村座も加わり、観劇メモだけは増えていっています。
それだけ歌舞伎の公演が都内では盛んに行われており、大勢の観客に受け入れられている、ということでこの話はご容赦いただこうと思います、

さて、この日も歌舞伎座で昼の部を観たその足で、世田谷パブリックシアターに向かいました。
獅子虎傳阿吽堂 番外編』では、サブタイトルに‘歌舞伎と日本舞踊の世界’とあるように、歌舞伎を好む観客には、見逃せない、聞き逃せない話が盛りだくさん。
一日だけの公演でした。

田中傳左衛門と田中傳次郎の歌舞伎囃子方の兄弟を進行役として、
【壱】歌舞伎音楽講座
【弐】立ち役講座
【参】日本舞踊講座
【四】舞踊「浦島」
この四つに絞った講座では、実演を交えてそれらの解説が行われました。
初めて知ったのですが、この公演はもう5回目となり、その度ごとのテーマに絞った解説が行われているそうです。

「立ち役講座」では、歌舞伎役者の市川段治郎と市川猿琉が登場して、所作や立ち回りの一つ一つを下座音楽にのせて実演してくれただけでなく、国立の歌舞伎養成所出身の彼らが、初めて歌舞伎について学んで感じた時のことを交えながら語ってくれました。
私たち観客と同じ視点から語られる話の興味深かったこと。
早くても10代後半で入ってくる彼らが、物心ついた時から修行している御曹司と同じ舞台に立たねばならないわけですから、養成所での厳しい修行も理解できるというものです。

しかしその厳しさは、もっと高尚な理由でした。
養成所で講師を勤めている田中傳次郎の言うには、今この世代にきちんと芸を継承してもらわなければ、次の世代へ芸が伝わらない。
もっともです。
そうやって、伝統芸能は受け継がれてきたからこそ、齢を重ねた観客をも魅了するのだと思いました。

舞台で通用するような音色で鼓が打てるようになるのに10年かかるそうです。
さらにその先には表現する技術も必要です。
囃子方も歌舞伎の様式を表現する役者にとっても、すぐに体得できるものではないから芸、それを活かすのが能力なのだと痛感しました。

舞踏もしかり。
扇子についての説明が、尾上流の尾上青楓によって解説されました。
難しそうに見せずに、それでいて扇子を落とさないように操ることだけに気を取られないで、その心を舞うこと。
「性根(しょうね)」という言葉が出て来ました。

古くから伝わる技術の先に表現力がある。それが伝統芸能なのかと、ますます魅了されました。

御囃子については、今年の8月2日に1回だけの公演で「第六回 囃子の会」が歌舞伎座で上演されました。
そこでは囃子の演奏で主に歌舞伎俳優(中村吉右衛門、坂東玉三郎、中村富十郎など)による舞踏を楽しむという贅沢な趣向の催しでしたが、そうやって後世に芸を伝える特別な場がもてることの重要性を痛感しました。(その詳細は歌舞伎の公式ウェブサイトで)
もちろん、それを渇望している観客が大勢います。チケットは即日完売でした。

※公演詳細は世田谷パブリックシアターのサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)

※写真は、当日配布された資料です。

『江戸宵闇妖鉤爪』(11/3-26)
今月の国立劇場は、歌舞伎公演『江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)』。
開演時間の設定は、劇場側が決めるのか出演者側が決めるのかはわかりませんが、19時開演の公演が2回ありました。
終演時間は21時半をまわり、少々遅くなりますが、「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」で一幕だけ観るのとは違い、通常の公演の全幕を会社帰りに観られるというのが有り難かったです。
そのためか、会場内は満席となっていました。

さて作品は、江戸川乱歩原作の「人間豹」をもとに、それを江戸時代の井伊直弼が桜田門外で暗殺される前後の話となっています。
人間豹の餌食となり、一人、二人と神谷芳之助の愛する女性が殺されていく悲惨な物語。
明智小五郎が犯人探しに挑みます。

どっしりと構えて事件を見据える明智小五郎に松本幸四郎が、神谷と人間豹という全くの別人を市川染五郎が、そして悲劇のヒロインたちを市川春猿が三役、演じ分けて観客をあっと言わせます。

九代琴松という名で、松本幸四郎の演出です。

劇中、染五郎扮する神谷が鼓を打つ場面が出てきますが、これは本人によるもの。ポンっという音色もなかなかのものでした。

作・江戸川乱歩、脚色・岩豪友樹子、演出・九代琴松、照明・沢田祐二

※公演詳細は国立劇場のサイトで。

(国立劇場 大劇場にて)

☆作・江戸川乱歩「人間豹」江戸川乱歩推理文庫 講談社

『花形歌舞伎』夜の部(11/1-25)
新橋演舞場で行われている花形歌舞伎
夜の部は『通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』『龍虎(りゅうこ)』です。

尾上菊之助が初役で政岡を勤める『通し狂言 伽羅先代萩』。
今まで何度となく観ている作品ですが、それは彼らの親の世代。
7月の松竹座で片岡仁左衛門が演じていた八汐と仁木弾正を、今回は八汐を片岡愛之助が、仁木弾正を市川海老蔵が勤めています。
若いとはいっても、登場人物の設定年齢に近いのがこの世代なのかもしれない、などと思いながら観ていました。

それぞれ初役とは思えぬしっかりとした立ち振る舞いに、これから彼らの持ち役になる嬉しい期待を持たせてくれます。
スッポンから登場する仁木弾正の海老蔵は、目を綴じて印を結んだままセリ上がってきますが、しっかと立つその姿は立派なもの。
そこに存在するだけで、怪しく凄まじい迫力がありました。
一方、御家の乗っ取りを企む八汐から幼い主君鶴千代を守る政岡の賢さ、品の良さが観客を魅了します。
特に三幕目の冒頭で膳を持っての凛々しい立ち姿は、瞼に残ります。

正しいことは正しいと筋を通して政岡を擁護する市川門之助の奥の井も、品良く気高い強さを見せていました。
ここで思い出したのは、蜷川幸雄演出シェイクスピア喜劇のオールメールシリーズです。
男性の俳優が女性を演じてこそ見える凛々しい姿というものには、独特の魅力があります。門之助の沖の井を観て、『から騒ぎ』のビアトリスを思い出しました。

通し狂言ならではの二幕目「足利家竹の間の場」は子役の鶴千代が大活躍。
政岡の子の千松とともにクライマックスへと観客を惹きつけます。

龍虎』は龍(片岡愛之助)と虎(中村獅童)の迫力ある舞踏もさることながら、近くで観ていてもわからなかった早変わりの化粧は、まるでマジックのようです。

若い世代の力強く柔軟な舞台に満足しました。
25日まで。

※公演詳細(みどころ)は歌舞伎の公式ウェブサイトで。

※それぞれの役を代表するポスターが劇場内に飾られています。(歌舞伎公式ウェブサイトより)
 上の写真はその一枚、菊之助の政岡。
  
(新橋演舞場にて)

『花形歌舞伎』昼の部(11/1-25)
新橋演舞場で行われている花形歌舞伎
今回は初役づくしです。
昼の部を初日に、そして夜の部をちょうど中日に観劇しました。
そのせいでしょうか。
昼の部の演目では、どれも「初々しい」という印象を受けました。
その演目は『通し狂言 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』『義経千本桜 吉野山』。

伊勢音頭恋寝刃』では、取憑かれたように刀を振り回す福岡貢のしどころが見せ場です。
演じるのは初役の市川海老蔵
正気の時の物事をきちんと見据えて動く穏やかな人柄との対比が、その刀の持つ怪しい威力を示していました。
夢遊病のごとく本人の意識の無いまま出会う人々に斬りかかる貢、その意識とは違うところで腕を振り下ろす様は、本当に恐ろしい。

義経千本桜 吉野山』は、美しい景色の中で踊る佐藤忠信実は源九郎狐と静御前。それぞれ尾上松緑尾上菊之助が華やかに軽やかに見せてくれます。

※公演詳細は歌舞伎の公式ウェブサイトで。

(新橋演舞場にて)

『マイ・ラスト・ソング』(11/15-16)
浜田真理子×久世光彦ライブ
マイ・ラスト・ソング
~あなたは最後に何を聞きたいか~

演出家の故久世光彦は、晩年、今まで人の臨終をドラマでは演出したことがなかったということをきっかけに、自分だったら最期の刻にどんな歌を聞きたいのだろうかと思ったそうです。
そして最期に聞きたい「歌」に対する想いを綴ったエッセイを残しました。

その想いを「朗読」という形で読み聴かせるのは小泉今日子
さらに彼女は演出家と女優という立場で久世の面影を彼女の出演した作品のエピソードを交えて語ってくれました。

その「」をピアノの弾き語りで聴かせるのは浜田真理子
彼女の歌声そのものが楽器であるかのようなシンプルで美しい声を音色として、その歌を聴いていました。

あなたは最後に何を聞きたいか
この問いかけに、私たちはすぐに答えられるでしょうか?
久世光彦自身も多くの歌に様々な想いを抱いていたようで、数曲が披露されていました。

15、16日と公演はありますが、朗読及び曲目が日程により変わるそうです。

構成・演出・佐藤剛

※公演詳細は世田谷パブリックシアターのサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)

※公演の参考Text(チラシ文面より)
☆「マイ・ラスト・ソング」文春文庫
 
☆「みんな夢の中」続マイ・ラスト・ソング 文春文庫
 

☆「マイ・ラスト・ソング最終章」文藝春秋
 

tpt『広い世界のほとりに』(10/29-11/9)
先日現況をお伝えしたベニサン・ピットで上演中の作品です。
9日千穐楽となります。
舞台はイギリスのストックポート。
2004年の9か月の出来事が綴られています。

そこに登場するのは一組の家族と息子のガールフレンド。
18歳アレックスと15歳クリストファーという息子を持つピーターとアリス。
優しいアレックスの様子に、なんの弊害もない家族のようですが、ある時から互いの心のうちを避けるような会話しかできず、離れていることを望むような関係になっていきます。
それを傍観する祖父母。

「普通」と言われる家庭の「普通」と言われる関係の一部が描かれているように思います。
それは息子がいる家族という意味ではなく、一人一人の立場から見た世界観がそう思わせるのです。
アレックスの彼女のサラにしてもそう。パンクっぽいファッションをしていても、いつもつっぱっているわけではなく、アレックスの母親と接する時のかわいらしさと言ったら。

4つのパートからなるこの作品は、そのひとつひとつに家族の名前がつけられています。
息子も、父と母も、それぞれ彼らにとっては一人の人間としてその人生を歩んでいることを再認識しました。
決して、誰々ちゃんのお母さん、ではなく彼女は一人の女性であり、一人の男性が子供にどんな愛情で接しているのか、大人の階段を上る少年の気持ち、友人との接し方、自分の興味あるものを他の人にもわかって欲しいという想い。
男として、そして女として。

いろいろとある日常の一つの見解、とでも言いましょうか。
私たちは舞台のこの定められた9か月に、彼らがどの年齢で存在しているのか、それを見ているのにすぎないような気がします。
私たちは一人一人こんな想いで生きている、ということを力強く感じさせてくれました。

そこに生きる彼らには、まだまだその先があります。
時の流れが、ある妊婦によって視覚的に印象づけられているところが、この作品の先にある生命力ともいうべき力強さを暗示しているように思いました。
繊細な少年から大人への階段を上るアレックスを山崎雄介が好演しています。

意図したものかどうかわかりませんが、ベニサン・ピットという劇場の持つ可能性を目一杯さらけ出したような舞台の使い方は圧巻です。
作品とともにこの劇場の姿を、心に留めていただきたいと思います。

作・サイモン・スティーヴンズ、訳・広田敦郎、演出・千葉哲也、
装置、石原敬、照明・笠原俊幸、音響・長野朋美、衣裳・原まさみ

※舞台写真はTPTのサイトで。

(ベニサン・ピットにて)

※写真は、ベニサン・ピットの裏側の、ベニサン・スタジオの入り口側から。
 この日もスタジオでは、これから世に出る作品の稽古が行われていました。


‘TPTより皆様へ’(TPT公式サイトより)
今年の8月に、多くの人々が驚き、残念に思ったニュースが、突然、新聞で報じられました。
TPT(表記を大文字に統一します)が拠点とし、また多くの若い演劇に係わる人材が育てられたベニサン・ピット/ベニサン・スタジオが、老朽化を理由に閉鎖されるというのです。

残念ながら・・・しかしTPTは、来年も数公演を行うスケジュールを予定している模様です。
報道直後は沈黙を守っていたTPTが、最近、公式サイトで‘TPTより皆様へ’として事の経緯を説明しました。
その内容は、TPTのサイトでお読みいただけます。

さて、観客にとってのベニサン・ピットとは、どんな場所だったのでしょうか。
ベニサン・ピットという劇場は、えびす組劇場見聞録が発行された早い時期から見聞録を設置してくれました。
日本の現代演劇に一石を投じるような作品がTPTによって上演されているこの劇場に見聞録を多数置かせてもらえたことは、私たちえびす組のメンバーにとって大変励みになりました。
演劇に対する情熱を感じ、また受け入れてくれる劇場という存在でした。

TPTはこの閉塞感あふれる空間を作品ごとに舞台と客席の姿を自在に変えて、演劇の持つ可能性までも観客に示してくれました。
(特に最近の「A Number」(2005年)、「皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと」(2006年)は、劇場という空間や演劇そのものについての既成概念を打ち破るような体験をさせてくれました)

近年、現代演劇を牽引してきたと言っても過言ではないTPTが、来年も上演予定があるにもかかわらず、今やベニサン・ピットを去らねばならない状況にあるのです。

TPTの関係者に話を聞いたところ、次の拠点を探す余裕もない急な退去の申し入れに、大変困惑した様子でした。
退去を迫られる中、せめてこのベニサン・ピットの「さよなら公演」を行う暇さえないのかと、その期限を憂慮していました。

ベニサン・スタジオからは、稽古場として多くの作品が世に送り出されてきました。
そしてスタジオでは、TPTでは当初芸術監督であったイギリス人演出家デヴィッド・ルヴォー自らが指導するワークショップが開催され、彼の演劇論を学べるという貴重な機会もありました。
そこには若い才能だけでなく、第一線で既に活躍中の俳優、演劇評論家の姿もありました。
私自身も過去にそのワークショップを体験し、まっさらな空間で学んだメソッドに多大な影響を受けました。

その後、ロバート・アラン・アッカーマンのワークショップでは、周知のとおり若い才能をワークショップから公演という形にまで発展させて、『BENT』という作品を一般客に公開し、20日余りも無料で公演が行われました。
そこからさらに現在の彼の新しいプロジェクトthe campanyへと活動が引き継がれています。
(『BENT』に関しては、TPTのサイトを参照、the campanyについては公式サイトへ)

このように様々な演劇の誕生の場所であるベニサン・ピット/ベニサン・スタジオ、それをただ期限がきて閉鎖というのはあまりに呆気ない幕切れです。
せめてその実績と貢献に、観客として感謝できる機会が設けられることを、心から願っています。

以下に、冒頭で述べたTPT公式サイトの「TPTより皆様へ」の中から一部を紹介します。
 ↓↓↓
◎イメージは<HOME>です。
ベニサン・ピット/ベニサン・スタジオは東京の下町森下から世界に向かってひらかれた現代演劇のセンターです。
(中略)
ピットは決して老朽化はしていません。将来の大きな可能性に向かってピットはまだよちよち歩きですが、あらゆる世代の現代の観客の皆様と。情熱あふれるクリエィターたちに支えられ、ともに生きて、前に進み続けていく権利がまだあるはずだと考えています。

※‘TPTから皆様へ’を‘TPTより皆様へ’に訂正しました。
イキウメ『図書館的人生Vol.2盾と矛』(10/24-11/3)
私にとって初めてのイキウメ公演、そして初めての劇場・三鷹市芸術文化センター 星のホール

図書館的人生Vol.2盾と矛』のサブタイトルにあるのは、「攻めるものと守るもの、武器についての短編集
4つのエピソードからなるその作品は、それぞれのタイトルに宇宙的な‘何か’が感じられました。

   EPISODE1:賽の河原で踊りまくる「亡霊」
   EPISODE2:やさしい人の業火な「懐石」
   EPISODE3:瞬きさせない宇宙の「幸福」
   EPISODE4:東の海の笑わない「帝王」

この抽象的なタイトルが、実は妙にその作品を言い当てているのに驚きました。

作・演出は前川知大
空間と時間の使い方、そして俳優の巧みな起用には、観ていて実に爽快感があります。

これらの一連のエピソードの根底にあるのは、「武器」について。
様々な視点から、そして日常をベースにして、ある特殊な出来事が特別な視点で深く描かれています。

EPISODE1は、その舞台が賽の河原ですから日常というわけには行きませんが、どこか古い時代のオフィスを連想させるような場所にその姿を変え、「鬼」と呼ばれる人物がいて、「金棒」があって、そこで行われる試練、そして言葉の持つ意味の二面性などが最初の導入として上手く用いられていました。
観客の心と注意を惹きつけたところで、辛らつな日常に存在する「武器」について、人間の心理から宇宙まで視野に入れて、しかしどれも核心をついた視点が小憎らしいというか、最後まで目が話せない展開が続いていきました。

これが、今、小劇場で注目の作・演出家の作品です。
ちょっと遅れた反応に失笑を買ってしまうかもしれません。
来年1月には、NHKシアター・コレクション’09の舞台に上がるほど、既に世に知られた集団だったのですから。

※公演詳細は、イキウメの公式サイトで。11/3まで。

※そして、すっかりイキウメンに魅せられてしまいました。
 今回の公演には客演の俳優も参加しています。

(三鷹市芸術文化センター 星のホールにて)