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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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11月に観たい-studio salt『中嶋正人』
studio salt第10回記念公演『中嶋正人

◎11月22日-30日、相鉄本多劇場にて。

作・演出・椎名泉水

今やその活動から目が離せないのがこの studio salt(スタジオソルト)です。
座付き作家で演出家の椎名泉水、彼女の描く問題の本質から目を逸らさない視点には、潔さ、そして温さを感じます。
そして、毎回この期待が裏切られることはありません。

過去に観たstudio saltの作品は、
 『飢餓陣営』リーディング 2007年2月
 『』2007年5月
 『職員会議』2007年11月
 『SOMEDAY』2008年5月

次回公演は、studio salt第10回記念公演『中嶋正人』
以下、劇団の紹介文を引用します。

 ↓↓↓  ~・~・~・~・~・~・~

「中嶋正人」は、「死刑」という名の「合法的な殺人」という制度を、初めて執行を命ぜられた刑務官の苦悩を軸に描いた作品、第2回公演「蟷螂~かまきり~」の脚本を全面改訂し、キャストも新たにお届けします。

   「しっかりな。これでお前も一人前の刑務官だ」
   「そうでしょうか?」
   「ん?」
   「これは殺人ではないでしょうか?」
   「……」
   「人を殺してここに来る死刑囚とどう違うんでしょう?」
   「これは職務だ」

来年5月より導入される裁判員制度を控えた今この時期だからこそ、再び上演する意味のある作品になると確信しています。

次回公演のチラシはこちら

 ↑↑↑  ~・~・~・~・~・~・~

小さな劇場から発信される作品ですが、視野の広くて深いこの劇団の作品を、是非、見逃さないでいただきたいと思います。

横浜駅近くにある相鉄本多劇場は、都心からはちょっと遠いですが、平日の開演時間はどうにか間に合いそうな19時30分。
平日のお昼は割引きがあって、3,000円→2,500円!(前売のみ)
学割(前売のみ)もあります。

※公演詳細は、studio saltの公式サイトで。
 
☆彼らの舞台裏や、日々の活動がUPされている「塩日記」。
 注目のページ欄に掲載しています。

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the company『1945』(10/25-11/3)
アメリカ出身の演出家ロバート・アラン・アッカーマン
1994年にセゾン劇場(現在はルテアトル銀座)で上演された『エンジェルス・イン・アメリカ』の演出の時には既に日本では知られた演出家でしたが、tptの『BENT』(2002年12月~2003年1月上演、詳細はtptのサイトで)で、私はその存在を意識することになりました。
BENT』は、どうやら現在アッカーマンが率いる「the company」誕生の時だったようです。
(「the company」については公式サイトで。)
今年の春に、「the company」としての単独プロデュース公演が行われたというので、今回の『1945』は第2作目になります。

この作品はチラシでも紹介されているように、芥川龍之介の小説「藪の中」から着想を得ています。
ある男が殺され、その犯人と殺意が、関わった3人の口から語られていきます。
問題は、3人とも異なる見解の話をしているということ。
この作品では、事の「真実」ということにこだわり、時には周囲の人々を追い詰めていきます。
舞台をタイトルの年代、すなわち日本が戦争に負けた年、そして場所を闇市に置き換えています。
しかし戦後の日本を描くというよりも、何が真実だかわからない世の中で、様々な立場の人が語ることに耳を傾け、何のために彼らが彼ら自身の主張する「真実」を語るのか、その心理を読み解くような作品でした。
アッカーマンは、今のこの日本で、敗戦直後の人々の置かれた状況を背景に描くことを発想しました。これは彼の目で見た、彼の抱く現在の世の中をこの雑多な世界に投影したということなのでしょうか?

文学的に作品を捉えるよりも、それについて考える方がよほど有意義、すなわち観客が向き合わねばならないのはそのことなのだ、と思います。

the company」初のオリジナル戯曲は、少々強引さも感じられましたが、それがこのカンパニーの勢い、そして個性のように見えます。
そして作品をみんなで作り上げているという印象を受けました。
このカンパニーの行く先を見守りたくなるのは、その誕生の瞬間に居合わせたからなのでしょうか。

さて、ジャズトランペットを米兵に習ったと言って穏やかに吹く少年、哲。猥雑で、混沌とした世界の中で、彼の存在はこの作品の希望のようです。真実とともに潔く生きようとするその姿が眩しく見えました。瀬川亮が好演しています。

原作・芥川龍之介「藪の中」
脚本・演出・ロバート・アラン・アッカーマン、脚本・演出補・薛珠麗、美術・今村力、照明・沢田祐二、音響・高橋巌、衣裳・朝倉摂

※公演詳細は、the company のサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)

『山の巨人たち』(10/23-11/9)
なんと長く感じる2時間だったことでしょう。
ストーリーがありそうでない、終わりの見えない、舞台の上の出来事が現実か夢かわからないもどかしさ。
そういう時の観客の思考回路とは融通のきかないものだと、自分に腹を立ててしまいました。

現実と夢の混同、悲しい結末が、実は何事もなかった、否、抗議を受けるということの悲惨さ、など、希望と絶望の同居する作品の顛末に興味をそそられました。
が、意外な事実とともに迎える結果は、いつしかその舞台の出来事がそのまま私達の目前に存在してしまったような錯覚を覚えました。

そんなこんなで、2時間という上演時間を制限時間として念頭に置いて観ると、様々な思惑が過ります。
不条理劇の事始めのような作品に、演劇的に大きな意味と期待を込めて拍手が送られているように感じてしまいました。
何物にも囚われずに観ることも、観客の務めかもしれません。

この『山の巨人たち』は、作者ピランデルロ(イタリア・シチリア生まれ、1867-1936)の絶筆の未完作となったため、舞台作品の終わり方は演出により様々だということです。

作・ルイジ・ピランデルロ、翻訳・田之倉稔、演出・ジョルジュ・ラヴォーダン、
美術・ジャン・ピエール ヴェルジェ、照明・ジョルジュ・ラヴォーダン、音楽・久米大作、音響・黒野尚、衣裳・ブリジット・トリブイヨワ

※公演詳細は、新国立劇場のサイトで。

(新国立劇場 中劇場にて)
『CHICAGO』(10/8-11/2)
ミュージカル『CHICAGO』の日本人キャストによる公演が、赤坂ACTシアターで行われています。
以前、建て替え前のこの劇場で、来日キャストで同作品を観たことがありました。
時期としては、ヴェルマをキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ロキシーをレニー・ゼルウィガー主演の映画が封切られた頃で、舞台をベースに作られた映画を観てから観劇したものでした。

さて今回、お騒がせのロキシーを演じるのは米倉涼子
堂々たる風格と美しい身体、そしてダンスを存分に舞台の上で披露してくれました。
暗い舞台の上でも、彼女の登場に客席の視点が一斉に集中するその存在感は見事です。
そして「あの娘は品がない」と言われるロキシーに対して、刑務所内で思うがままに暮らしていながら、和央ようかが常識と清楚ささえ感じさせるヴェルマを演じています。

対する彼女たちを弁護するビリーの河村隆一は、彼の歌唱力とひょうひょうとした存在感で、舞台に一味加える楽しみなインパクトがありました。

最初はどうしても来日キャスト版と比較して観ていましたが、日本人キャストの持つキャラクター性がこの作品を牽引していくことの面白さを見出してからは、その華やかな展開が楽しみな作品になっていました。

脇を固める刑務所のママと呼ばれる看守の田中利花、ロキシーの素朴な亭主エイモスの金澤博、彼らの哀愁たっぷりの表情と歌唱が作品にしっかりと根を下ろして作品を守り立てています。

作詞・フレッド・エッブ、作曲・ジョン・カンダー、脚本・フレッド・エッブ&ボブ・フォッシー、
初演版演出・振付・ボブ・フォッシー、
オリジナル・ニューヨーク・プロダクション振付・アン・ラインキング、
オリジナル・ニューヨーク・プロダクション演出・ウォルター・ボビー、
スーパーバイザー・吉川 徹、翻訳・常田景子、訳詞・森 雪之丞

※作品の詳細は赤坂ACTシアターのサイトで。

(赤坂ACTシアターにて)

☆映画『CHICAGO』DVD
 

『55 Steps SONG & DANCE』(10/4-1/31?)
劇団四季創立55周年を記念した作品です。
その節目ごとに新たな「ソング&ダンス」が作られ、上演されてきました。
1998年に上演された35周年記念のソング&ダンス35 Steps』を観たきりですが、当時はまだ都心に劇団の専用劇場はなく、そのかわりに大劇場の日生劇場や青山劇場を中心にこの劇団が活動を行っていたことが思い出されます。
そしてミュージカルではありませんが、古くは建て替え前の日比谷にある第一生命ホールで芝居を観たことを、観客としての貴重な体験として懐かしく思いました。

さて、そんなノスタルジックな想いに浸ることができるこの「ソング&ダンス」のラインナップは、劇団四季で過去に上演されたミュージカル・ナンバーをダイジェストで、そして上演作品ではありませんが『サウンド・オブ・ミュージック』のナンバーを織り混ぜて披露されました。
時には作品の内容よりも歌詞を重視した全く新しい趣向で歌われるその歌は、作品を知る人も、知らない人も楽しめるものになっています。
そして舞台の上に立つシンガーやダンサーについても、四季はスターシステムを嫌う劇団として知られていますが、これこそまさに作品重視でキャスティングされた俳優たちによるものだと感じました。

懐かしく思い出される曲、初めて聴く曲、様々ですが、2時間半に40曲近いナンバーが駆け足で舞台を駆け巡って行きました。
舞台の機構を活かしたマジック仕立ての演出もあり、これは結構気に入りました。
舞台と観客、見せたい作り手の想いと夢見たい観客、その両者の関係が存在する劇場という空間を、居心地の良い場所にしてくれます。
作品の作り手には常に「観客の存在」というものを忘れないでいて欲しいと思います。

開幕して間もないこの作品は、完成を目指しているように見えました。
記念行事としての一時的なイベントではなく、来年以降も続くロングラン公演の作品だから、あえて一言。観客が肩の力を抜いて見られる舞台を期待しています。

構成・振付・演出・加藤敬二、装置・土屋茂昭、衣裳・大石若草子

※公演の詳細は、劇団四季のサイトで。

(四季劇場 秋にて)

☆「35ステップス」CD
 劇団四季35周年記念公演のソング&ダンス。(1998年)
 

『プライベート・ライブズ』(10/3-31)
南フランスに新婚旅行に来たカップル。
そこで夫がテラスで目にしたのは、隣の部屋にいる前妻。しかも彼女も新婚旅行中。
まさか別れた夫と妻が、こんなところで会おうとは!
互いの妻と夫に旅程を変えようと提案しても、うまくいかない二人。
そのうち、元夫婦の二人の関係が怪しくなり・・・。
(2006年9月に演出・山田和也で上演された時の様子はこちら

ともするとドタバタのコメディですが、息をつく暇も無く動き、しゃべり続ける彼らからは、熱い情熱が伝わってきました。
別れた元夫婦には、内野聖陽寺島しのぶ、彼らの新しいパートナーには、橋本じゅん中嶋朋子が扮します。
結局は、やきもちを焼き過ぎるほど好きで、何でも言い合えて、それで喧嘩して、でも一緒にいたい。
そんな理由で、毎日胸の内を明らかににしての大喧嘩が繰り広げられているようです。

傍から見たら犬も食わない彼らの言い合いが、必死であるほど滑稽に映るというものです。
それを芝居の達者な俳優が見せてくれるその様は、本当にダイナミック、それでいて大人の男女の魅力が満載です。
観ている側の胸のつかえも、心の悩みも、パァーッと晴らしてくれるような痛快さを感じました。

上質なコメディを、手放しで堪能して欲しいと思います。

作・ノエル・カワード、演出・ジョン・ケアード、翻訳・松岡和子、美術・二村周平、照明・中川隆一、音楽・本間俊哉、衣裳・小峰リリー

※公演詳細は、シアタークリエのサイトで。

(シアタークリエにて)

☆「実践英文快読術」岩波現代文庫
 こんな本を見つけました。
‘男女の愛のもつれを描いた喜劇『私生活』(プライベート・ライブズ)をまるごと’読めるそうです。
実践 英文快読術 (岩波現代文庫)実践 英文快読術 (岩波現代文庫)
(2007/12/14)
行方 昭夫



『から騒ぎ』(10/7-23)
オールメールシリーズのこの作品は、女性の観客にとっては登場人物たちの恋の行方を胸躍らせながら見ることになりました。
男性の目に映る恋い焦がれるほどの女性とは、芯のしっかり通った心の清らかな女性であるようです。
・・・このシェイクスピアの物語の世界では。
ちっとも皮肉ではありません。
蜷川作品では、女性を演じる俳優は、特に声色を変えることはせず、また物語の展開のカギを握る女性たちの胸に膨らみをつけることもしません。
ただ髪形と衣裳は女性を表わすものですが、その内面の魅力が登場人物の仕草に映し出されているのを楽しみながら見ていました。
男性の観客の目には、どう映るのでしょうか。
こういう意見も聞いてみたいと思います。

ここで描かれているビアトリス(高橋一生)とヒアロー(月川悠貴)の気高さは、女性なら誰でもそういう要素を持っていたいと思うものでしょう。高飛車とは違うその気高さは、彼女たちの信念に導かれるものだと感じました。
幼なじみのような感覚で、ビアトリスと同等に物を言う青年ベネディック(小出恵介)。
仲間の善意の企みでビアトリスが自分を好きでいるらしいと聞いた時から彼女を意識し始めます。
そういう時の男性とは、こんなに可愛く、それでいて頼もしく見えるものかと思います。世の人々が皆恋をすれば諍いの無い世の中になるのにと、その姿を優しく見守りました。
一番難しいのはクローディオ(長谷川博己)の心境でしょうか。
幸せがするりと手の中から逃げて、さらに愛する人の命を自分の態度が奪ってしまったという後悔。
彼はそれを償うには自分の命を落とすことではなく、心からの誠意を尽くすことだと示しました。

若手の俳優によるオールメールは、このように物語の奥の奥を浮き彫りにして見せてくれます。
普段テレビドラマを観る機会がない自分にとって、舞台でいきなり素敵な俳優達に出会ったような喜びを感じました。
彼らの感性に触れて、観客は生きることに希望を見いだしたような、そんな幸せな舞台だと思うのです。

作・ウィリアム・シェイクスピア、演出・蜷川幸雄、翻訳・松岡和子、
美術・中越司、照明・大島祐夫、衣裳・宮本宣子、音響・井上正弘、音楽・阿部海太郎、振付・広崎うらん

(彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて)

埼玉の他、新潟、名古屋、大阪でも公演が行われます。

※公演詳細は、彩の国さいたま芸術劇場のサイトで。

※e+ムービーによる『から騒ぎ』出演者によるインタビュー動画

☆作・ウィリアム・シェイクスピア、訳・松岡和子「シェイクスピア全集(17)」ちくま文庫
 『から騒ぎ』を収録。
 

☆「から騒ぎ」DVD 監督・ケネス・ブラナー
 

『THE DIVER』(9/26-10/13)
昨年7月に上演された『THE BEE』に続くイギリス人キャストと野田秀樹による英語での上演作品です。
今回は源氏物語と現実の世界、これらが行き来するような構成となっています。

歌舞伎の舞台でもお馴染みの囃子方、田中傳左衛門、そして笛を福原友裕による太鼓と笛の生演奏。
演じる俳優と息を合わせての演奏は、音楽の域を越えているのを感じました。

取り調べ室で、精神分析を受ける女(キャサリン・ハンター)。
精神科医(野田秀樹)とのやり取りで、一方的にも見える反応を示していた彼女でしたが、いつしか彼女の潜在意識とともに二人は同じ世界を見ることになります。

海女のように海を潜る動作が最初と最後に見られますが、それはまるで彼女の世界へ入るため、またはそこから脱出するのに必要な儀式のようでした。

多重人格の女性が見るその世界へと、観客は導かれていきます。
それは時には映像を見るような錯覚を覚え、場面場面が鮮烈に脳裏に焼き付いていきます。
フラッシュバック、繰り返し、衝撃的な場面、音と視覚に訴えるその先にあるものを常に意識してしまいます。

「能」の様式と、お面を取り入れ、イギリス人の俳優と共に演じる舞台。
しかし、カタチに気を取られて、登場する彼らの内面と役割が希薄に感じてしまいました。
こんなに目に見えるカタチで「能」を意識しなくても、野田らしさで何か表現する方法があったのではないか、と思われてなりません。
それは、日本語の字幕に頼ってセリフとしての言葉を理解しきれなかった観客の弱みなのでしょうか。

作・演出・野田秀樹、共同脚本・コリン・ティーバン、作調・田中傳左衛門、美術・衣裳・キャサリン・チャップマン、照明・クリストフ・ワーグナー、音響・ポール・アルディッティ

※公演詳細は、世田谷パブリックシアターのサイトで。

日本で上演する前にロンドンのソーホーシアターで上演された作品です。
(’08.6/19-7/19 プレビュー3回、本公演30回)

(シアタートラムにて)

『闇に咲く花』(8/15-31)
8月に紀伊國屋サザンシアターで観た作品ですが、見聞録第29号の締め切りと重なって紹介できずにいました。

東京での公演は終了しましたが、ただ今、九州公演真っ只中
出演の俳優(よく行くページに掲載している『産直あさの通信』の筆者)浅野雅博さんのブログからは、九州で上演中の作品の息遣いが聞こえてくるようです。

時は終戦直後、ひとり息子の戦死を知らされた愛敬稲荷神社の神主牛木公麿(辻 萬長)は、戦争で亭主を失った未亡人らとともに、闇市で食料をいかに調達するか思案しながら日々を必死に生きています。
そこに息子の健太郎(石母田史朗)と学生時代にバッテリーを組んでいた友人(浅野雅博)の帰還。
そして死んだと想っていた健太郎も帰ってきました。
GHQの支配のもと、今裁かれるのは、日本人が戦争で行ったこと。
これから家族一緒に生きていこうという時に、健太郎の戦地でのある出来事が問題になり、C級戦犯として裁かれることになります。
ショックで記憶を失ってしまった健太郎に、このまま記憶が戻らなければ裁かれることはないことを周囲の人々は喜びますが、少しずつ記憶を取り戻していった彼はあることを悟りました。
「忘れてはならない」という想いを胸に、彼のした決断は・・・。

戦争に負けた国が問われるのは、戦争での行いです。
その行いに勝ちも負けもないのが本当のところですが、国の命を受け、国のためにと働いた一般の市民の行いは、どう裁かれたのでしょうか。
その時代に生き、自分で決着をつけた青年の物語です。
執拗に彼を追い回す仕事に係わった人、そのことから守ろうとする人、彼らの苦悩を見て、戦争の傷痕の深く、大きいことを知ることでしょう。
闇市を生活の糧としている人々、そして健太郎の葬りたいほどの真っ暗な記憶の闇に咲いた信念という名の花が、私の目には見えたような気がしました。

劇場で販売している「the 座 No.63」には、’C級戦犯とは何か’というタイトルで解説が掲載されています。

作・井上ひさし、演出・栗山民也、音楽・宇野誠一郎、美術・石井強司、照明・服部基、音響・深川定次、衣裳・宮本宣子、宣伝美術・ペーター佐藤

(紀伊國屋サザンシアター)

★10月31日まで九州地方で公演が行われています。
 九州公演については、こちら

※作品についてはこまつ座のサイトで。

☆作・井上ひさし「井上ひさし全芝居(その4)」 新潮社
 『闇に咲く花』を収録

平成中村座十月大歌舞伎(10/2-26)
またまた所変わって10月の中村勘三郎は、今度は浅草の浅草寺の境内に設えた小屋で歌舞伎を上演しています。
今月は『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』。
古典の作品を、奇をてらわず、しっかりと最初から最後まで、時には編成を変えて見せてくれます。
そのため、ABCDと4つのバージョンが一ヶ月の間に展開されます。
コクーン歌舞伎座のように観客を巻き込むオリジナルな演出はありませんが、今まで歌舞伎の舞台で細切れに何段目かの作品を見ていた観客にとっては、通しで、そして今回は片岡仁左衛門が平成中村座に登場して、何人もの俳優が演じる大星由良之助を堪能できるという楽しみがあります。

物語についてはさておいて、初めて足を踏み入れた「平成中村座」について述べましょう。
浅草寺の境内ということは知っていました。
しかし、雷門の前に立っても、特設の劇場らしきものは見当たりません。
ついに交番で尋ねてみると「浅草寺の向こう側です」とのこと。
せっかくなのでお参りをして、お寺の裏に回ってみると、ありました。
入り口で靴を脱ぎ、渡されるビニール袋に入れて、場内に靴を持ち込む形式です。

本日は桜席での観劇。
舞台の上手側と下手側の真上に設えられたその席は、定式幕が引かれると、すっぽりその中に隠れてしまいます。
しかし準備中の舞台は、そうやすやすと観客には見せてくれません。
舞台の上でも客席と舞台の間にはさらに厚い幕があり、開演2分ほど前に、ようやく内側の幕を上げてくれました。

Dプログラムは、五段目山崎街道鉄砲渡しの場からの上演です。
開幕前の舞台の上には、笠を手に持った勘平(勘太郎)が、スタッフに囲まれてスタンバイしています。
ドキュメンタリーを見ているような心境も束の間、幕が上がりました。

舞台の端から見下ろすように眺めるわけですが、特設の劇場の舞台は歌舞伎座に比べるとずっと狭いため、舞台を全部見渡せるという利点がありました。
そして役者との距離が近いこと、客席に背を向けて居る俳優の演技が見えること、これは演劇好きにはたまらない魅力です。
その他、休憩時間中に舞台転換の作業を見せてくれるというサービスがあり、観客の夢を壊さずに舞台裏を見せるというチラリズムに、一層舞台への関心が高まりました。

※公演詳細は歌舞伎の公式ウェブサイトで。

 そして、公式ウェブサイトに、初日“一番太鼓”の儀式の様子が掲載されています。

(平成中村座にて)



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