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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『キーン』(9/26-10/19)
舞台はイギリス。
今日もシェイクスピア俳優として名高い中年の俳優キーン(市村正親)が、観客を沸かせています。
ある日彼が招かれたのは、皇太子や各国の大使が招かれる晩餐会。
ここでは貴族と俳優の身分の格差があり、晩餐会でキーンの立場は客としてではなく道化役でした。

彼の楽屋を舞台として展開されるバックステージものには関心が尽きず、彼の楽屋を訪ねてくる皇太子(鈴木一馬)や、キーンを慕う自由奔放な商人の娘のアン(須藤理彩)など、彼を心から理解して接する人々との交流が、キーンの憎めない人となりをよく表わしています。

演じることで生きる身分について、その存在について、考えてしまいました。

キーンを心から支える存在のアンの底抜けの強さと明るさ、そして何があっても、どうにかなってしまう皇太子の登場など、痛快で豪快な展開を楽しみました。

翻案・ジャン・ポール・サルトル(アレクサンドル・デュマの原作より)
翻訳・小田島恒志、演出・ウィリアム・オルドロイド、
美術・二村周作、照明・塚本悟、衣裳・小峰リリー

※公演詳細はホリプロのサイトで。

(天王洲 銀河劇場にて)

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えびす組劇場見聞録第29号
えびす組劇場見聞録第29号が出来上がりました。
メンバー4人がそれぞれ選んだ作品と評をお楽しみください。

こちらをクリックすると、「えびす組」のホームページに跳んで、お読みいただくことができます。
また、「えびす組劇場見聞録」第29号は、下記の劇場に設置されています。
劇場への直接のお問い合わせはご遠慮下さい。

◆THEATER/TOPS◆タイニイ・アリス◆シアターサンモール◆駅前劇場
◆世田谷パブリックシアター◆シアタートラム◆こまばアゴラ劇場
◆テアトルフォンテ◆相鉄本多劇場◆ベニサン・ピット◆シアターX
◆銀座小劇場◆STスポット◆カメリアホール◆みどり会館
◆シンフォニア岩国◆山口情報芸術センター◆北九州芸術劇場
◆七ツ寺演劇情報センター◆文学座アトリエ('08はアトリエでの公演はないのでお休みします)
◆サイスタジオ◆山手ゲーテ座◆シアターZOO◆にしすがも創造舎◆横浜赤レンガ倉庫1号館
◆急な坂スタジオ◆まつもと市民芸術館◆画廊Full Moon◆吉祥寺シアター
◆川崎市アートセンターnew!! (順不同)

☆ 2009年1月にベニサンピットが閉館となるそうです。
☆ 沢山の素敵な舞台を提供してくださったこと、
☆ そして、創刊当初から、「えびす組劇場見聞録」を
☆ 設置いただいたことに心から感謝いたします。


「えびす組劇場見聞録」ホームページ掲載演劇作品一覧も、演劇に興味がありましたらご覧ください。過去に取り上げた作品を掲載しています。

劇場に置かせていただいているのは、B5サイズ縦書きの瓦版。
見かけたら、手に取ってみてください。

近代能楽集『綾の鼓/弱法師』(9/25-10/13)
新国立劇場 2008/2009シーズン演劇の幕開けは、「劇場というフィクション」にかかわる3作品だそうです。
その第一弾が三島由紀夫の「近代能楽集」より、『綾の鼓』『弱法師』。
今回の見所は、この劇場で実績のある二人の若手演出家がそれぞれの作品を演出しているところです。
演じる主な俳優はそのままに、まさに競演です。

綾の鼓』の演出は、前田司郎。(『混じり合うこと、消えること』を演出)
法律事務所の老小間使いの岩吉(綿引勝彦)が、そのビルのちょうど向かいの窓から見える洋裁店の客、華子(十朱幸代)に恋文を毎日送りますが、ある日彼女や取り巻きの人々からからかわれたことに絶望し、飛び降り自殺を計りました。
その原因が、華子から贈られた綾の鼓。
鼓の音を聴かせよと言われても、それは舞踏の小道具、音は出ないものでした。
あれから一週間後、岩吉の亡霊が現れ、華子との関係に新たな展開が・・・。

この作品では、人々は一目でそれとわかる扮装をしています。
登場人物の性質を。
愚かさ、傲慢さ、浅ましさ、そして雑草のような強さ、清らかさ、誠実さ。

話題の中心となる華子の登場も、それを象徴していました。
上品な顔立ちをしていても、どこか人を威圧するような歩き方、そして佇まい。扮する十朱幸代の数々の役を演じてきたその集大成のように見えました。
なぜなら、この華子の人となりが全てこの登場に集約されていたように見えたからです。
「奥様」と呼ばれ、何事にも動じない華子のその視線には身震いがします。
そして、華子のあまりにも強靭であるが故の寂しさが、後に押し寄せてくるのを感じました。
悪意の部屋と善意の部屋。この舞台の状況を記す板は、まるで墓石のように見えるのでした。

弱法師』の演出家は深津篤史。(『屋上庭園/動員挿話』を演出)
盲目の青年の産みの親と、育ての親、両者が親権について争っています。
彼が5歳の時に起きた火事で、死んだと思っていた両親。
一方、裕福な家で不幸な子供を育てたいと物乞いをしているその少年を引き取り育てた両親。
結局は彼の奇行にどちらが耐えられるか、という我慢比べとなってしまいました。
その盲目の青年の名は、俊徳(木村了)。
彼と調停委員の桜間級子(十朱幸代)以外の人々は、同じような顔と形で、まるでそれは皆、俊徳の価値観のようです。
彼の関心事以外は、すべて画一的に描かれた舞台は、秀徳の心を浮き彫りにするかのように見えました。
彼は、自分の関心のあることしか受け入れられないのか、見えないのか。
それが顕著に現われるのが桜間との会話ですが、どうしたものか斬新な舞台美術とは裏腹に、平板な印象を受けました。

短編に込められた作者と演出家のメッセージ。
抽象的な表現に、それを観客が読み解く余地を両作品に感じました。

作・三島由紀夫、演出・『綾の鼓』前田司郎、『弱法師』・ 深津篤史、
美術・池田ともゆき、照明・小笠原純、音響・上田好生、衣裳・半田悦子

※公演詳細は新国立劇場のサイトで。
 新国立劇場、2008/2009シーズン演劇の幕開けに際して、「芸術監督からのメッセージ」が記載されています。

(新国立劇場 小劇場にて)

☆作・三島由紀夫「近代能楽集改版」新潮文庫

浅野孝巳×中川晃教『BOB』(9/21)
6月に、同じこのSTB(スイートベイジル)で行われたLIVEは、ここでその紹介をしたように舞台と客席に緊張感が感じられました。
初めての試みがいっぱいのそのLIVEに、それはそれで新しい体験をしたわけです。

さて、今回は『BOB』というタイトルで、その由来はほどなくわかりました。
中川晃教(型)、ミッキー吉野(型)、浅野孝巳(型)というユニットの血液型?

それはさておき、一曲目からその場の雰囲気にどっぷりと身を預けている自分に気が付きました。
懐かしい中川自作の曲ということはもちろんですが、グランドピアノ、アコースティックギター、キーボードという、奏者それぞれが穏やかに音を作るゆったりとした演奏形式が聴衆の心を捉えたようです。
そして中川が語る、今日は「本気」の言葉どおりに、しっかりと、そして伸びやかで豊かな歌声に、初めて中川のLIVEを聴きに行きたいと思ったその頃の初心にかえったような気がしました。

そう、この歌声の感動です。
楽曲の中の世界を、歌声で聴く者にその情景を描かせることができる表現力、そしてその世界を乗せるのに十分な美しい歌声。
中川晃教の描く世界をもっともっと見てみたいという想いが蘇ってきました。
歌い手も聴き手も、互いの成長が感じられるような、そんな気持ちです。
全体を見渡しながら、そんな想いを抱き、ゆったりと傷ついた心の羽を癒すように聴き入りました。

ところで、演劇の世界から彼の歌声を知った者には初めて聴く話がありました。
このスイートベイジルは、中川がデビューする数カ月前に音楽業界の人たちにその歌声を披露した場所であるそうです。
その時演奏したのは、「フタツ、ヒトツ」。
もちろん今回のリストに入っています。

9月21日のセットリストは、こちら

今回はリストに「アンコール」とは書いてありませんが、素敵な曲を数曲、聴かせてくれました。
楽曲はオーソドックスなナンバー、しかしそれはJAZZ風にアレンジされていて心と体に心地よく響く感触がありました。
彼の新境地でしょうか。
中川の歌声によるJAZZナンバー、何かの形でリクエストしたいと思います。

この『BOB』、次回(10月4日)は少し場所を大きくして原宿クエストホールで行われます。

(スイートベイジルにて)

セットリストが掲載されているのは、中川本人による「終らないblog」。
 「よく行くページ」に掲示しておきます。

☆中川晃教デビューシングル「I WILL GET YOUR KISS」(株)徳間ジャパンコミュニケーションズ
 「フタツ、ヒトツ」を収録。視聴できます
 

☆ベスト・アルバム「AKINORI NAKAGAWA 2001-2005」(株)徳間ジャパンコミュニケーションズ
 セットリストにある楽曲も収録。視聴できます
 

『赤坂大歌舞伎』(9/3-20)
8月は、歌舞伎座で『八月納涼大歌舞伎』を一部から三部まで全て一日で観るという、夢のような一日を過ごしました。
(※八月納涼大歌舞伎の詳細は歌舞伎の公式サイトで)
観客の頭が整理されないうちに、中村勘三郎をはじめ、平成中村座でおなじみの面々は、歌舞伎を初めて上演するという赤坂ACTシアターで、もう幕を開けています。(20日まで)

常々感じていることですが、歌舞伎役者の記憶力と体力と、新しいものを生み出す知力と、そして様々な舞台への順応性と柔軟性は、一般の日常を送る者のそれを遥かに超えた才能であると思っています。

さて、そんな驚きをよそに、ACTシアターの舞台には歌舞伎のセットがデンと構えられていました。
狐狸狐狸ばなし」では、よく場面の転換が行われます。
回り舞台を使用しないで端から端までセットという作品の転換には、歌舞伎座の舞台にはない工夫がされていて、舞台を作る人々のアイディアというのにも感心させられました。
作品については、狐と狸の化かし合い、いえいえ人間の想像を超えた人間通しの化かし合いとどんでん返しが続く、深~い人の恨みのお話です。

棒しばり」は、もとは狂言の作品です。
ここでは舞台はガラリと変わって松羽目の舞台になっていました。
亀蔵の殿様、七之助の太郎冠者、勘太郎の次郎冠者が登場します。
殿様の留守中に酒倉の酒が減るので、二人の家臣の手が使えないように縛って殿様は出掛けてしまいます。
二人のうち太郎冠者は棒に両手を縛られてしまいますが、それでも器用にあれこれやってのける、演じる勘太郎の芸にすっかり魅せられました。

ACTシアターには花道はありませんが、その分、客席の通路を利用したサービスで、存分に楽しませてくれます。

※公演詳細は、赤坂ACTシアターのサイトで。

(赤坂ACTシアターにて)

『ミセス・サヴェッジ』(9/11-22)
文学座のアトリエ公演の演目です。
場所は、吉祥寺シアター。
劇場が笑いと涙で満ちた幸福感を味わいました。
その演出は、上村聡史
AWAKE AND SING!』など、人々の関係性を緻密に描き、そこから自然に生じる感動で観る者の心を満たしてくれるような演出家です。

第二次大戦終戦から5年後の1950年、アメリカのマサチューセッツ州のとある施設が舞台。
夫の遺産を相続した未亡人、ミセス・サヴェッジ(吉野由志子)が、前妻の子供たちに施設に連れて来られました。
子供たちと言っても、二人の息子のうち一人は上院議員、もう一人は裁判官、そして5回も6回も結婚と離婚を繰り返す娘です。

施設で彼女を迎えてくれたのは、小さくて深い心のキズと大きくて優しい真心、その両方を持つ若者たちでした。
施設の若者たちは、本当に思いやり深い人々として描かれています。
人の痛みを自分の痛みのように感じられる彼らの姿に、自分のために欲深い考えを持つことのほうが病気でないなんてことがあるのだろうか、とさえ思えてきます。

そしてこの作品で興味深いのは、施設の職員のミス・ウィリー(松岡依都美)が、そこにいる人々と接する時の態度です。
彼女を見ていると、その接し方で、彼らの症状や失ったものがわかるような気がするのです。
決して一人では作れない、そんな人と人との関係性がこの作品の鍵でもあります。

この場所でミセス・サヴェッジがどう家族に対して立ち回るのか、そして施設の彼らとの触れ合いはどんなものなのか。
私たちは最後まで、そこで味わった温かい想いを忘れることはないでしょう。
作者のジョン・パトリックの波乱万丈の生き様を文学座公式サイトで読んで、痛みのわかる作家の人となりを心に描き、想いを馳せました。

作・ジョン・パトリック、訳・安達紫帆、演出・上村聡史、美術・石井強司、照明・金英秀、音響効果・藤田赤目、衣裳・伊藤早苗

(吉祥寺シアターにて)

※公演詳細は文学座のサイトで。

『めぐみのいろは』(9/9-15)
今年3月に初めて観たらくだ工務店第14回公演『だるまさん、ころんだ』は、かなり衝撃的でした。
もしかしたら見落としてしまうくらいの日常のある場所、ある出来事を虫メガネで覗いたような視点でありながら、それが終わってみると何か大きなものに包まれているような、そんな感じがする舞台でした。

今回はある町の「消防団」が物語の中心にあります。自分たちの住む町を、自分たちの手で火災のない町にする彼らは、消防の職員とは違ってボランティアとしての活動のようです。
その詰め所の一室が舞台。

作・演出は、石曽根有也
日常そのままの出来事だと思っていたら、いつの間にか彼らの関係に、まるで崖っぷちを歩かされているような緊張感を覚えながら観ていることに気が付きました。
でもそこにいる彼らは、直面する問題から逃げたりはしません。
日常の問題を一人ではなく周囲の人々の自然に差し伸べられる手に掴まりながら乗り越えていく姿が、結果から想像できました。

日常をきちんと生きることが、人間を強くしているのかもしれません。
めげずに生きることって、幸せなことかも。
そう、思わせてくれました。

虫メガネで覗いたような出来事がそんな感情を産むわけですから、幸せはその辺に、たくさん、コミュニケーションの数だけあるでしょうか。
少々サスペンスの要素も含み、その緊張が最後まで続く舞台を観ながら、そんなところまで行き着いてしまいました。

作・演出・石曽根有也(役者としての出演も、毎回なかなか楽しみな人物です。あらら、らくだ工務店のサイトによるとNHK「瞳」にも出演中でしたか)、
舞台美術・福田暢秀、音響・田上篤志、照明・山口久隆

(THEATER / TOPSにて)

※公演詳細は、らくだ工務店の公式サイトで。
 写真は、お持ち帰りのできるチラシの入ったらくだ工務店のエコバッグ
 行くといつも座席に置いてあるという心のこもったサービスです。

『人形の家』(9/5-30)
ようやく、ようやくデヴィッド・ルヴォーの演出作品に再び出会うことができた喜びと言ったら!
『ナイン THE MUSICAL』を知る方には、少々趣が違うと思われるかもしれません。

幕が開く前の舞台を見ただけで感じる緊張感は、格別です。
今回は幕が開く瞬間までその感覚を楽しめる贅沢な演出でした。

ノラ・ヘルメル(宮沢りえ)の登場シーンは、彼女の立場を象徴しているようでした。
愛くるしく、その華奢な体が子供のように、世間の風に吹かれたら壊れてしまいそうに見えます。
しかし、幼なじみの女友達クリスティーネ(神野三鈴)との再会、大切にしてきたあるヒミツ、意外な人物の訪問、それら全てが同時に訪れた一日が、ノラをある岐路に立たせました。

その結末は、誰もが知るところですが、ノラ本人も気付かなかったある想いが表面に浮上した時、そこには今まで見たことのない彼女の姿がありました。

ノラの心の変化を全身で感じられる舞台は、迫力そのものです。
それはクリスティーネという慈しみ深い女性の存在があってこそのように思います。

ルヴォーは、女優の美しさとその変貌を、最大限見せてくれる演出家です。
そこに居並ぶ男性は、本当に優しい脇役(千葉哲也扮するドクター・ランクのような)、または横暴で情けない男(堤真一扮するヘルメル氏のような)でしかないように見えます。

耽美な舞台の上に、実にシンプルにその対比が描かれていました。

四方を取り囲む客席、多くの視線に見つめられるこの舞台こそ「人形の家」だったのかもしれません。

作・ヘンリック・イプセン、演出・デヴィッド・ルヴォー、英語版・フランク・マクギネス、翻訳・徐賀世子、
美術・磯沼陽子、照明・小川幾雄、音響・高橋巌、衣裳デザイン・伊藤佐智子

(シアターコクーン)にて

※公演詳細はBunkamuraのサイトで。

☆作・ヘンリック・イプセン、訳・原千代海「人形の家」岩波文庫