FC2ブログ
カテゴリ

最新記事

QRコード

QR

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

プロフィール

kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『教科書にのっていないアフリカ』(11/28-12/2)
演劇と絡めて紹介するならば、「ナレーションをやっています」という案内をもらったのをきっかけに、このイベントに足を運びました。
場所は、大久保通りを新大久保駅と大久保駅との中間に位置するワールド・ビジョン・ジャパン事務所の建物です。
周囲の喧騒が嘘のように静かに佇む建物の入り口から矢印に沿って歩いていくと、地下に広いスペースでその会場がありました。

そこで行われているのは、入場無料の『教科書にのっていないアフリカ』という‘世界で4万人の心を動かした、アフリカ生活体験イベント’。
それは4人のアフリカの子どもたちの人生を、私たちが彼らの視点で体験するというものです。
ヘッドホンをつけ、指示どおりに一人ひとりの名前の入り口から迷路のように子どもたちそれぞれの生きた道のりをたどっていきます。
私に手渡されたのは、ベアトリスという7歳の女の子の2年間の生き様でした。
深呼吸をして、ベアトリスになったつもりでカーテンをくぐると、そこには彼女と家族の写真がありました。
両親は小さい頃にエイズで他界し、たった一人の家族であるお姉さんは出産を間近に控えています。お腹の子どもの父親となる男性は、逃げてしまいました。
このザンビエで妊婦が出産で死ぬ確立は大変高いそうで、残念なことに赤ちゃんを産み落とすとベアトリスのお姉さんは亡くなってしまったのです。
親戚も誰も赤ちゃんの面倒をみようとしない中、7歳のベアトリスが生まれたばかりの赤ちゃんを引き取って育てる決心をします。

この現実を見て、聞いて、驚かない人はいないでしょうが、アフリカでは子どもが子どもの面倒を見る「子ども世帯」が多いのだといいます。
何の知識も得る機会の無いまま世に出て、自分よりも小さい子の世話を見なければならないというのは、何を意味するのかお分かりでしょうか。

この会場では、その事実だけが私たちの目の前に存在しています。

戦争、貧困、エイズなど他にも様々な問題を抱え、その真っ只中にいる子どもたち。
そういう子どもたちを見つけ、保護し、生き方を支援するのが、今回主催するワールド・ビジョン・ジャパンなのです。
およそ30分で一人の子どもの生き方が体験できる仕組みになっているので、4人の生き方を体験しようと何度も繰り返し並ぶ来場者がほとんどでした。
そのため、開催時間も長くとってあります。
チラシによると、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、韓国の5ヶ国で既に開催され、4万人以上の人々が体験したのだそうです。
落ち着いたナレーションが、子どもたちの人生の一部へと確実に私たちを導いてくれました。
ハリマの役でメインのナレーションを担当するのは、明瞭な声で『エウメニデス』のアテナを好演した金子あい

出口では、今日出会った彼らと、体験したその想いを忘れないようにとの願いが込められたオレンジバンドを持ち帰らせてくれます。
この子を救う。未来を救う。」という文字が入ったオレンジバンドは、‘支援のあかし’だということです。

※このイベントの詳細は、ワールド・ビジョン・ジャパンの公式サイトで。
このサイトでは、「教科書にのっていないアフリカ」の一部を映像で見られます。

主催:特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン
ワールド・ビジョン・ジャパンは、キリスト教精神に基づき、開発援助、緊急援助、アドボカシー活動(市民社会や政府への働きかけ)を行う国際NPOです。(チラシ紹介文より)

会場:ワールド・ビジョン・ジャパン事務所建物内
   東京都新宿区百人町1-17-8-3F
開催時間:14:00~21:00(最終入場時間20:30)
     12/1(土)10:00~15:30
入場料:無料

スポンサーサイト
『吉例顔見世大歌舞伎』夜の部(11/1-25)
夜の部の演目は『宮島のだんまり』『仮名手本忠臣蔵』『土蜘』『三人吉三巴白浪』の四本です。

宮島のだんまり
宮島の厳島神社で、様々な登場人物が行き交います。しかも暗闇の中で、という設定で。
ゆっくりとした動作で人物と人物の間を互いにうまく擦り抜けるその姿は、舞踏からくるものかと思っていました。しかしイヤホンガイドの解説によると、その動きは殺陣師がつけるのだそうです。
なるほど。
そうやって見ると、ぶつかりそうでぶつからない、スリリングで流れるような動作は見ていて飽きることがありません。

仮名手本忠臣蔵』九段目山科閑居
雪の中、大星由良之助宅を、加古川本蔵の後妻の戸無瀬(芝翫)が義理の娘の小浪(菊之助)を由良之助の嫡男に嫁がせるためにやってきますが、由良之助の妻お石(魁春)はそれを拒否します。
というのも、由良之助の主人の塩冶判官が高師を討とうとしたところを加古川本蔵が後ろから抱き止めたために本望を遂げさせることができなかった、という背景があるからです。
絶望し、母と娘はその場で自害を決意するのですが・・・。

この話は「忠臣蔵」ですが、この作品が上演された頃、歌舞伎では実名の芝居が禁止されていたため、このような登場人物の名前となったわけです。

今回は奮発して、一等席での観劇となりました。
いつもの三階、四階席からとは見える視点が違います。
歌舞伎は様式美とはいえ、演じるのは役者です。役に対する「芸」を堪能しました。
戸無瀬が雪道を下駄で踏みしめながら歩く場面があります。一歩一歩足元を確かめるようにしっかりと。
花道の上には薄い白い幕が敷かれているのみです。
しかし、さくっ、さくっと、雪道の足音が聞こえてくるようでした。芝翫の演技に感動です。
そして絶望のうちに戸無瀬の手にかかって死のうと目を閉じて刃が振り下ろされるのをじっと待つ小浪。
不意に婚礼を許す声がかかった時の小浪には、花がほころび咲いたような可憐な表情が一瞬にして浮かびました。所作を含め、演じる菊之助の美しさは忘れられません。

土蜘』では贅沢な配役を堪能しました。

三人吉三巴白浪』大川端庚申塚の場は、お嬢吉三(孝太郎)が夜鷹おとせ(宗之助)を川に突き落とすところから、お坊吉三(染五郎)、和尚吉三(松緑)と三人が兄弟の契りを結ぶまでの場面です。
コクーン歌舞伎の『三人吉三』とは役者が変わっての味わいを楽しみました。

(歌舞伎座にて)

※25日で吉例顔見世大歌舞伎は終わりました。

studio salt『職員会議』(11/15-25)
観る度に、作家の広く深い視野と、嘘のない演出、そして良い意味で役者たちがリアリティを感じさせてくれるstudio salt
最初、えびす組のビアトリスに誘われて観たのが、横濱リーディングコレクション・宮沢賢治の『飢餓陣営』でした。
寓話やお伽話のような作品でしたが、その本質から目を逸らさない演出が、観る者の心を捉えました。

次に、その演出家がホンも書くというので観たのが『7』
一歩踏み込んだ世界を日常から遮断するのではなく、表と裏が共存するということで私たちに訴えかける作品にショックを受けました。

さて、今回は『職員会議』。
このチラシは作品を一目で(一枚で?)よく言い表していると思います。
横浜駅から徒歩5分。相鉄本多劇場での公演は、都心からでも夜19時30分の開演時間が嬉しかった。
そこで繰り広げられる職員会議の議題は、ここに登場する中学校のイベント「知部戸祭」の運営について。
劇場に入ってすぐに目にしたのは、黒板に書かれている議題一番目の「牛山先生を呼び戻そう」。
何か、を予感させるような一文が頭から離れません。
次々と書かれて行く議題、そしてその一つずつが話し合われていくという趣向です。
教育実習生が参加することによって、視点に新鮮味が加わっています。

さらに、毎日観に行きたいくらい面白い設定がありました。
ある役だけ、日替わりでゲストが演じるというのです。
セリフは変わらず、演じる役者だけ毎日変わる。
決して奇をてらった作品ではありません。
学校を舞台にした教師の、人としての本音もしっかり土台にあります。
座付き作家で演出家の椎名泉水の手からは、見終わって残る想いを一つ持ち帰るような、そんな作品が生まれているように思います。

作・演出・椎名泉水、舞台美術・小林奈月、照明・松岡隆之、音響・岩切直人、チラシ切り絵・久住昌之、宣伝美術・windage.
劇中歌(とてもよくできています!)→「知部戸中学校校歌」作曲・栗木健/編曲・元松怜音

※公演詳細はstudio saltのサイトで。

(相鉄本多劇場にて)
『異人の唄-アンティゴネ-』(11/14-12/2)
ギリシャ悲劇シリーズの最後、第3弾のヒロインは、アンティゴネ
ソフォクレスの「アンティゴネ」の物語をベースにこの作品を描いたのは土田世紀、脚色・演出を手掛けたのは、鐘下辰男です。

作品の舞台をある漁村に置き換えて、さらにアンティゴネとされる娘・アンと姉のメイ、そして彼女たちの母親を民謡の唄い手という関係で繋いでいました。
母親のその歌声が大漁を招くことから奉られ、彼女が突然姿を消したことが村に災いをもたらしたと信じられています。
同時に、父親の姿も村から消えました。
母親はどうしていなくなったのか。誰が連れ出したのか。

人々が何を重んじて、そのために何を隠す必要があったのかが執拗なまでに追求され、暴かれていきます。
その原因となる人物を「ケガレ」として、諸悪の根源の浄化へ向かうのです。

真実を知らないでいるのはもどかしいことですが、人々の都合でねじ曲げられた真実を知ることは、当事者にとっては悲劇の始まりでしかありません。
ギリシャ悲劇は、家族によって招かれる災いが後世まで続いて災いを引き起こすことが悲劇であると感じています。
アンチティゴネは、オイディプス王と彼の母の娘だということですが、両者とも、後に自分の犯した罪を知り、取り返しのつかない悲しみから自らに制裁を加えることで関係が続くのです。

ギリシャ悲劇の物語を、さながらその土地に存在する民話に見立てて、それを根底にこの作品が描かれました。
アンとメイを土居裕子純名りさが演じています。
彼女たちの歌声が、その言い伝えを実証するに相応しく披露されました。
一つ気になるのは、彼女たちが人間として存在するのに対し、コロスの村の男性たちの斬新なこの世のものとは思えない身体表現が物語の展開の妨げのように思えて作品自体を遠いところに感じてしまいました。
果たしてこの効果をどう捉えるべきでしょう。

リアリティのある夜の海岸にいるような舞台美術は、神秘的な闇の世界を怖いくらい感じさせていました。

作・土田世紀、脚色・演出・鐘下辰男、美術・島次郎、照明・中川隆一、音楽・久米大作、音響・井上正弘、衣裳・小峰リリー、振付・井出茂太

※公演の詳細は新国立劇場のサイトで。

(新国立劇場 中劇場にて)
『カリギュラ』(11/7-30)
アルベール・カミュの戯曲、そして蜷川幸雄の演出です。

カリギュラは、愛を失った青年の先の見えない苦しみそのものでした。
ローマ帝国の若き皇帝カリギュラに扮するのは小栗旬
その若さから、若いが故に威厳を保とうとする姿、自分の弱さを知り尽くした者の恐怖、皇帝という立場の歪んだ特権など、一人で重責を背負う姿が痛々しい。
しかしそれらの弱みを隠すには、あまりにも大きな犠牲を彼は民に強いました。
乏しくなった国庫のために、税金を関税として取り立てるよりも、死んだ者の財産の受取人を国家とすることを決めたのです。
そしてカリギュラは、誰でも自分の選んだ者を処刑するという「自由」を誇示します。まるで幸せとはそうすることによって得られるとでもいうように。

悲しみの後に変貌した皇帝の姿に、貴族のケレア(長谷川博己)は危険を感じ、排除すべく立ち上がりました。
カリギュラとケレアの静かな対話。
ケレアの語る「貴方を恨んではいない、それは貴方が幸せではないから。しかし有害であるから貴方は消えなければならない」という説得の言葉は、罪を憎んで人を憎まず、ケレアの瞳の奥にカリギュラへの憐れみが見えるようでした。

人の犠牲の上に幸福を求めようとするカリギュラと、安全に生きることを願うケレア。
警戒しながらも二人が腹を割って対話するこの場面が印象に残ります。

始終、「月が欲しい」と切望するカリギュラ。
それは縛られた皇帝の座から解き放たれたいのか、または揺ぎ無い権力の証としたいのか。
もっとその言葉の意味を探求してみたくなりました。
暴力的な戯曲でありながら、内面を巧みに描いた作品を、若者の底力で魅せています。

作・アルベール・カミュ、翻訳・岩切正一郎、演出・ 蜷川幸雄、
音楽・朝比奈尚行、美術・中越司、照明・大島祐夫、衣裳・小峰リリー

※公演詳細はBunkamuraのサイトで。

(シアターコクーンにて)
『ウーマン・イン・ホワイト』(11/18-12/2)
※舞台映像の紹介を追加しました。 こちらからご覧になれます。(ホリプロのサイトより)

作曲・アンドリュー・ロイド=ウェバーの新作の日本上陸です。
『キャッツ』や『オペラ座の怪人』など、既に彼の楽曲の作品を観たことがある方も多いと思いますが、今回の『ウーマン・イン・ホワイト』は、日本の、ホリプロ独自のバージョンということで、特に期待が大きかったのではないでしょうか。
演出は、ミュージカル『ピーター・パン』で演出・潤色・訳詞を手掛けた文学座の松本祐子です。

19世紀のイギリスが舞台。
ローラ(神田沙也加)の莫大な遺産を目当ての結婚が招く陰謀と、それを暴く父親が違う姉のマリアン(笹本玲奈)、そして彼女を支えるのは姉妹が想いを寄せる青年画家ウォルター(別所哲也)。
彼女たちの前に突然現れて、ローラとパーシヴァル卿(石川禅)の結婚を危険なものとして警告する白いドレスを着た女性アン・キャスリック(山本カナコ)。
アンの存在をなぜパーシヴァル卿が恐れるのかなど、一つひとつ事件が紐解かれる小説の面白さを備えたミュージカルです。

原作は日本語の翻訳でも1000ページに及ぶ大作です。
ミュージカルではおよそ2時間半に凝縮して、全てが登場人物の感情を表わす歌に委ねられています。
この作品ではリフレインが多く用いられていますが、曲調が変わった時、登場人物の心の変化として観客の心に訴えかけるものがありました。
活発とはいえ、良家の子女の立場からしか意見したことがなかった女性マリアンが、ローラを守り抜くためにする決意、そしてその意思のままに行動を起こしていく。彼女の心の変化、強さが作品の中心にあります。

さてこの作品にはパーシヴァル卿の友人、イタリア人のフォスコ伯爵が登場します。
60歳に近いのに小説ではマリアンをも魅了する陽気で女性を尊重する紳士。
小説ではイメージし難かったのですが、舞台では上條恒彦にその魅力をたっぷり具えて描きました。
ローラの叔父フレデリック・フェアリー(光杖明彦)の自己中心的な老人像も然り。
観劇後に日本のキャストを思い浮かべながら小説を読むのも面白そうです

別所哲也の伸びやかな歌声が、ウォルターの誠実さを物語っていたのが印象に残ります。

作曲・アンドリュー・ロイド=ウェバー、作詞・デヴィッド・ジッペル、脚本・シャーロット・ジョーンズ
演出・松本祐子、翻訳・訳詞・滝真知子、音楽監督・指揮・塩田明弘、美術・堀尾幸男、照明・小川幾雄、衣裳・小峰リリー

※公演詳細は公式サイトで。(TOP PAGEをクリックすると音楽が流れます

(青山劇場にて)

☆作・ウィルキー・コリンズ「白衣の女」上・中・下巻 岩波文庫
 このミュージカルの原作本です。
   

☆こちらは、洋書です。
 


☆海外版ミュージカルのプロモーションビデオなんていうのもあります。(ダウンロード)
 

『Super Live』(11/14-18)
マテ・カマラス姿月あさと武田真治が競演するライブです。
この3人、ピン!ときませんか?
それぞれ、梅田芸術劇場で、1000daysシアターで、日生劇場で、彼らの演じる『エリザベート』のトートを観たことがあります。
ライブのMCでも語られましたが、やはりそれが3人が競演するきっかけとなったようです。

さて、銀河劇場に足を踏み入れると、そこは死の世界・・・?
『エリザベート』の舞台を思い起こさせるようなセットに、観客の期待はトートのナンバー、というところでしょうか。
しかし、エンターティナーが3人集まると、その世界は3倍以上にも広がります。
マテは国境を越えて活躍する俳優であり歌手です。宝塚で男役トップだった姿月の華やかな存在があり、そして武田にはサックス奏者としての腕があります。

観客の期待以上のミュージカル・ナンバーと、マテが嬉しそうに「みなさんを驚かせる」という演目、ジャンルを越えて三人が選曲した楽曲で客席を盛り上げました。
それにしても、ミュージカル・ナンバーを歌うマテの視線と表現力には、その歌だけで世界が成立する威力がありますね。ついつい引き込まれてしまいます。

さて、芝居でしか知らなかったマテ・カマラスですが、さらに凄いカリスマ性を感じました。
彼が一言発しただけで、観客全員がスタンディングで両手を振って彼の歌に応えています。
衣裳替えから戻って途中から舞台に現れた武田の「凄いことになってる!」という言葉で周囲を見回すと、観客みんなが笑顔で振り付けを楽しんでいました。

自由な発想とエンターテイメントのプロのステージ。
ああそうだ、今日は一人で観に来たんだった。なんて、帰るころに気が付いたりして。

構成・演出・振付・広崎うらん、音楽監督・岡崎司、美術・磯田ヒロシ、照明・高見和義、衣裳・矢野恵美子

(天王洲 銀河劇場にて)

※この後は、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで公演が行われます。(11/23-25)

シアタークリエ、オープン!
2007年11月7日、日比谷に新しい劇場がオープンしました。
リニューアルした帝国劇場が、座席の配置から女性用トイレの大幅な増設など、観客の立場を重視した構造となっていたので、東宝系の新築の劇場への期待は高まっていました。
そしてオープン。本日はこけら落としのプレビュー公演が行われました。

劇場は地下にあります。
2基のエレベーターで観客を誘導するスタッフの苦労が、ここから始まっていました。
階下のロビーに到着すると、クロークを探す観客の姿が。
しかし、無料のロッカーは地上1階のエレベーターと反対の方向にあるので、ここで手数を詫びるスタッフの苦労が続きます。

エレベーターの扉の前は、プログラムに並ぶ観客の列が滞り、とても混んでいます。
ごちゃごちゃして狭苦しいという印象のホワイエ(ロビーのこと)からは、簡単には解放されません。
客席へ行くまで、まだまだ試練が待ち構えています。
前方の席の入り口に行くまでには、階段を上って下りて・・・?

ようやく客席に入ったものの、休憩時間にトイレへ行くのに、さらに試練が待ち構えているとは思いもしませんでした。
数は多いようですが、ホワイエの一方の端に入り口、一方が出口となっています。案内の表示が見えないので、初めて利用する観客には知る由もありません。
声を張り上げて誘導し、不幸にして反対側から入ろうとした観客を注意するスタッフの苦労がここにも。
並ぶ側にとっては、細長いホワイエに誘導されても・・・カフェを利用したい観客と、ごちゃごちゃになって、もの凄い混雑を引き起こしています。
なんてストレスの溜まる構造なのでしょう。

そんな観客のために(?)、一階への誘導が始まっていました。
数の少ない1階のトイレへ導くためか、ホワイエの混雑を緩和させるためか、その意図はわかりません。

そんなこんなで、帰りはまたエレベーターに行列ができました。
「トイレへの行列は、恥ずかしいからホワイエに並ばせないでください」なんていうアンケートを書いてみても、回収している気配もなく・・・持ち帰り。

期待が大きかった分、観客不在の構造の劇場ができてしまったのは残念なことです。
このプレビューは、作品の、と言うより、劇場オープニングの実験のように感じられました。

が、外に快適さを求めても、結局一番大切なのは舞台と客席ですから。
舞台の天井は高く、今後の演目にどう活かされるのか、楽しみなところでもあります。

初日は10日。
芝居については、本公演を観てから述べようと思います。

※劇場詳細は、シアタークリエの劇場案内で。
 
(シアタークリエにて)
11月に観たい-ミュージカル
音楽の秋、演劇の秋。
この二つを満たしてくれるのがミュージカル

ウーマン・イン・ホワイト

◎11月18日-12月2日、青山劇場にて。

作曲・アンドリュー・ロイド=ウェバー、作詞・デヴィッド・ジッペル、脚本・シャーロット・ジョーンズ、演出・松本祐子。

ロンドン発、アンドリュー・ロイド=ウェバーの新作ですが、ロンドンでは2004年に開幕した作品です。
日本では、そっくりそのままの上演ではなく、演出を文学座の松本祐子が担当し、笹本玲奈、神田沙也加、別所哲也、光枝明彦など、多彩な顔触れで演じられるミュージカル。
こういう組み合わせが実現するとは思いませんでした。
作品の本質をきちんと伝える演出家なので、松本祐子+アンドリュー・ロイド=ウェバー、この舞台に期待が募ります。

※公演詳細は公式サイトで。(TOP PAGEをクリックすると音楽が流れます)


モーツァルト!

◎11月19日-12月25日、帝国劇場にて。

脚本・歌詞・ミヒャエル・クンツェ、音楽・シルヴェスター・リーヴァイ、演出・訳詞・小池修一郎

こちらはウィーン発。
2002年、日本版の最初の舞台に立ち会うことができました。
(その時観たヴォルフガングは井上芳雄

2005年、初演の感動を胸に、再演では新たな演じ手の虜になりました。
(その時観たヴォルフガングは中川晃教

2007年、初演から大きく時を経て、ウィーン発のミュージカルが帰ってきます。
二人のヴォルフガング(井上芳雄と中川晃教のWキャスト)の成長した舞台が楽しみです。

※公演詳細は公式サイトで。

『殿様と私』(11/2-11)
作・マキノノゾミ。
事前に知っていた情報(参考:11月に観たい-文学座)以上に、奥の深い、また、巧みに描かれた登場人物一人一人の背景が活かされた作品でした。

1886年(明治19年)、東京・麻布鳥居坂の白河義晃子爵に仕える家令(加藤武)のちょん髷が外務卿の書生から笑われ、家を罵倒されたのを見返すために、鹿鳴館を、というよりも文明開化を嫌っていた白河義晃が、華麗なダンスを披露して世間の鼻を明かしてやろう、ということになりました。
そして白河家にアメリカ人のダンスの講師がやって来ます。
英語と欧米の文化を理解しようとしない当主の白河義晃(たかお鷹)と、欧米のプライドで向かうアンナ(富沢亜子)。
二人の意地の張り合いは面白いのですが、それはこの作品にとって、ほんの導入部分でしかありません。
長い間の鎖国から、いきなり明治の文明開化を受け入れようとする日本人の姿と、欧米の人々には日本はどのように映っているのか、実際にあった歴史の事件を織り込んで描かれています。

この白河家には、足に軽い障害を持った娘・雪絵(松山愛佳)がいます。
彼女を大事に思う家族により、世間から遠ざけられた雪絵を、アンナは開国前の日本のようだと称します。
その雪絵がアンナとの出会いで自ら外の世界へ一歩を踏み出そうとする勇気と、傷心から立ち直ろうとする姿、それを見守る人々に、様々な想いが込められているのを感じていました。

潔く生きようとする日本人の姿に感心する現代にいる自分が、少々情けなく感じられます。
マキノノゾミ作品ではお馴染みとなった浅野雅博が扮する通訳を務める車夫・三太郎のゆったりとした愛情が微笑ましくありました。

演出・西川信廣、美術・奥村泰彦、照明・金 英秀、音楽・上田 亨、衣裳・山田靖子、振付・室町あかね

(紀伊國屋サザンシアターにて)

※東京公演の後、兵庫県立芸術文化センター中ホール(11/17、18)、長岡リリックホール・シアター(11/20)で上演されます。

※チラシ画像については、文学座に掲載の許可を得ております。無断で転載をなさらないでください。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。