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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
シンポジウム「森本薫の世界」
附属演劇研究所の本科生による発表会のために作られた、作・森本薫の『女の一生』のセットを背景に、「森本薫の世界」のシンポジウムが行われました。

第一部のパネルディスカッションは司会に演劇評論家の大笹吉雄を迎え、名作ドラマのディレクターとして活躍してきた大山勝美、そして文学座でただ一人、生前の森本薫を知る戌井市郎の三人が、作家・森本薫の文体から上演作品に至るまで、まさにその「森本薫の世界」を語ってくれました。
三人の方々が一同に介した話が伺えるだけでも貴重な場だと思いました。丁寧に分かりやすく語ってくださるところなど、作り手ならではだと感心して聞いていました。

配布されたプログラムの「森本薫年譜」に沿って作家の経歴が語られました。
森本薫は京都大学卒業後しばらく大阪で作家として活動して、上京した後、昭和15年に28歳で文学座に入座しました。
印象的だったのは、当時の文学座では男性が主役の芝居が多く、森本薫が書いた作品により、初めて杉村春子が主役をやる機会を得たのだそうです。
しかし森本は34歳で病気のためこの世を去りました。

この若い作家の戯曲が、なぜ今でもこんなに愛されて上演されているのか、第二部で明かされることになります。

第二部は、11月29日からアトリエで上演される『華々しき一族/かどで』の演出家と出演者によるフリートークです。
華々しき一族』の演出は、戌井市郎。『かどで』の演出は、森さゆ里。

華々しき一族』は杉村春子の主演で数多く上演され、10年前に彼女が亡くなる一年前まで出演していたのだそうです。
杉村春子の演じていた役に、今回は稲野和子が配されています。
稲野からこんなエピソードが語られました。
生前に杉村春子から、「次にやるのは、あなただから」と言われて、この作品の衣裳を譲り受けたのだそうです。
そして今回の舞台で、その衣裳を着て演じるというのです。
杉村春子の稲野への期待の大きさを感じるような話でした。

そして『かどで』。
出演者も、森本作品の中で一番難解な作品だと言っていました。
ト書が極めて少ないため、登場人物がどんな立場や心情でセリフを言っているのか、様々な解釈ができてしまうからだそうです。
それを演出家とともに、これからじっくりと方向を決めて稽古に入るという話がありました。
そして誰もが、この『かどで』と『華々しき一族』が昭和10年、森本が23歳の時に相次いで発表した作品であることに、尊敬と驚きの言葉を述べていました。
時代を先取りしたような『かどで』は、当時としては斬新な内容であったようです。
この若さで、洗練された文体、そして的確な女心。
これが森本作品の魅力となっているようです。
早熟で秀才の作家への賛辞が、客席を交えて森本作品を知る人々の口から語られていました。

(文学座アトリエにて)

※写真は、シンポジウムのプログラム。

※『華々しき一族/かどで』公演の詳細は、文学座のサイトで。

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『ワールド・トレード・センター』(10/20-11/6)
立ち往生した電車の中で、目的地に到達できないもどかしさを感じながら劇場へと向かい、開演を5分過ぎて場内に入りました。
タイトルの『ワールド・トレード・センター』の意味するところは、お分かりでしょう。
あの日、ワールド・トレード・センターが見渡せる場所にあった日系企業のオフィスが舞台となり、そこでは既に旅客機がビルにアタックした直後の状況が人々の口から発せられていました。

劇場で配布されたプログラムを読み、この作品は作・演出の坂手洋二がニューヨークで体験したことをベースにして描かれたフィクションであることを知りました。
作者の感じた「あの日」が舞台に存在しています。

その様子を観ながら、その時の自分が思い出されました。何をして、何を感じていたのかということを。

2001年9月11日。東京。
残業で遅くなった私は、電車に乗り込むとすぐに携帯ラジオのスイッチを入れました。
NHKテレビの音声の入るFMラジオで、いつものニュースを聞こうと思ったのです。
夜10時ちょっと前。イヤホンからは、キャスターを務める男性アナウンサーの何かを実況中継している声が聞こえてきました。

「・・・ワールド・トレード・センターにぶつかった模様・・・」

こんなような言葉だったと思います。
何のことか、映像無しでテレビの音声を聞いている自分には分かり兼ねましたが、繰り返される情報から、飛行機がワールド・トレード・センターに突っ込んだらしいことが分かりました。
間もなく、新たな情報が聴こえてきました。

「2機目も・・・」

信じられない実況に電車内を見渡しても、テレビのニュースを聞いている人なんてそうはいません。(今だったらきっと、ワンセグの携帯電話のテレビに人垣ができることでしょう)
一人でそのニュースを聴き続ける恐怖。
この事件がその後日本に及ぼす影響など、考えもしませんでした。
これが、私が東京で体験した「9.11」です。

1996年、自由の女神のある島へ渡る船の上から、まるで富士山を眺めるのと同じ想いで、私は高くそびえ立つ二つのビルを写真に納めました。
こんなに大きなものが一瞬のうちに消えてしまうなんて、一体誰が想像したでしょう。
事件の翌日、アルバムから当時の写真を取り出し、ニュースの映像にはもう二つのビルが無いことを確認して、事件の大きさ、そして脅威を感じたのでした。

話がだいぶ芝居から逸れましたが、この事件と観客(=人々)の関係を問いかけられているような気がしました。
誰にとっても「その後」は終わっていないのだと認識させるかのように。

写真は、劇場で手渡されたプログラム。
チラシにも書いてありますが、「たった一日で、世界が変わるわけないじゃない」という言葉が皆を勇気付けているように見えました。

作・演出・坂手洋二、美術・衣装・伊藤雅子、照明・竹林功、音響・島猛、
イラスト・沢野ひとし

(下北沢ザ・スズナリにて)

この後、伊丹、岡山、北九州、名古屋、金沢、そして川崎市など各地で上演されます。
詳細は燐光群のサイトで。

☆「OCN NEWS」に連載された坂手洋二 評論集
 「私たちはこうして二十世紀を越えた」新宿書房刊
 

11月に観たい-文学座
殿様と私

◎11月2日-11日、紀伊國屋サザンシアターにて。

作・マキノノゾミ、演出・西川信廣

マキノノゾミの書き下ろし作品が、文学座で上演されます。
時は明治。鹿鳴館で華やぐ頃に、華族の白河家の爺やのちょん髷を笑われたことが巻き起こす騒動です。
白河家の主は世間の鼻を明かすために、鹿鳴館で見事なダンスを披露することを決意しました。果たして・・・。
聞くところによると、イギリス人(の役)、そして通訳(の役)、とのやりとりも見所の一つだそうで、その展開を楽しみにしています。

※公演詳細はこちらの文学座のサイトで。

※チラシ画像については、文学座に掲載の許可を得ております。無断で転載をなさらないでください。





華々しき一族/かどで

◎11月29日-12月13日、文学座アトリエにて、両作品同時上演。

作・森本薫
華々しき一族』演出・戌井市郎。
かどで』演出・森さゆ里。

学生時代に初めて足を踏み入れてから、かれこれ20年余りアトリエに通っているのですが、どうもこれらの作品とは縁がありませんでした。
34才でこの世を去った文学座の座付作家・森本薫の作品を、一方は日本でも超ベテランの演出家、もう一方は若手、それぞれが演出するのも見所です。

10月30日(火)18時30分から文学座アトリエで、これらの作品に関する‘プレ企画・シンポジウム「森本薫の世界」’が開催されます。(入場無料)
詳細は文学座のサイトで。

音楽劇『三文オペラ』(10/9-28)
作・ベルトルト・ブレヒト。
大変有名な作品ですが、私自身は初めての『三文オペラ』の観劇となりました。
いえ、ちょっと違う。
2006年に日生劇場で上演されたミュージカル『ベガーズ・オペラ』(原作・ジョン・ゲイ、演出・脚色・ジョン・ケアード)という作品で、乞食たちが劇中劇を演じていたのを覚えているでしょうか?
あれが、「三文オペラ」の部分です。
ミュージカルの音楽はイローナ・セカッチ。

こちらの『三文オペラ』は、ジョン・ゲイが書いて1728年に初演された「ベガーズ(乞食)・オペラ」をベースとしてブレヒトが書いた作品です。
ブレヒトは上演に至っては、クルト・ヴァイル作曲の歌を用いています。
演出・上演台本は、白井晃。
舞台装置や衣裳、台本は、現代的です。
三文の値打ちのオペラ。
開幕直後、舞台には三文とはいくらぐらいなのか?という問いかけの文字が映し出されました。
そこにジーパンにTシャツの青年が、ノートパソコンを手に携えて、「三文」の文字を円に書き換えます。
果たしてこの舞台のその価値とは・・・?

メッキ・メッサーに吉田栄作が、娼婦のジェニーにROLLYが扮しています。
最近はシャンソン歌手としての活動もしているというROLLYの歌をたっぷり味わえる作品です。

さて、2008年2月~3月にミュージカル『ベガーズ・オペラ』が再演されます。
比べて観るのも、面白いかもしれません。

作・ベルトルト・ブレヒト、音楽・クルト・ヴァイル、翻訳・酒寄進一、
演出・上演台本・白井晃、歌詞・ROLLY、美術・松井るみ、照明・齋藤茂男、衣裳・太田雅公、振付・ステージング・井出茂太

※公演の詳細は、世田谷パブリックシアターのサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)

※この後、兵庫県芸術文化センター中ホールで上演されます。(11/9-11)

☆作・ブレヒト、訳・岩淵達治「三文オペラ」岩波文庫
 たっぷり書かれている「解説」や「「三文オペラ」へのブレヒトの覚書」が面白いです。
 

『芸術祭十月大歌舞伎』夜の部(10/2-26)
昼は新橋演舞場で歌舞伎を観て、そして夜は歌舞伎座へ行きました。

歌舞伎座夜の部は「通し狂言 怪談 牡丹灯籠」から始まります。
一幕見席を振り返ると、立ち見も満員という状況でした。
伴蔵を片岡仁左衛門、その妻のお峰を坂東玉三郎、そして新三郎に片岡愛之助、新三郎を慕うお露に中村七之助、そして原作者の三遊亭円朝には坂東三津五郎が扮し、その他豪華な配役の作品です。

観客が新橋演舞場とハシゴするくらいですから、歌舞伎役者だってハシゴします。
(初めて2005年に歌舞伎座と新橋演舞場で芝雀を昼夜観た時には驚きました)

所用のため、新橋は残念ながら「平家女護島 -俊寛-」のみの観劇となりましたが、確か中村七之助はその後の「連獅子」にも名を連ねていました。
夜の部は、死んでもなお新三郎に恋して止まないお露を、幽霊らしくしっとりと儚く、それでいて恥じらう姿を可憐に見せてくれています。

一方、新三郎の家に出入りする下男の伴蔵は、妻のお峰と慎ましく暮らしていました。
このお峰は庶民のおかみさん役ですが、玉三郎が愛嬌たっぷりに演じています。
これまで玉三郎の神々しい役ばかり観てきましたが、そのコメディエンヌぶり(女方ですから)は、とても魅力的に感じられました

実は伴蔵はお露の乳母のお米(吉之丞)の幽霊と取引をします。
死相の出ている新三郎は、金無垢の海音如来を持ち、伴蔵に家の出入り口全てに護符を貼らせますが、近づけなくて困るというお米の幽霊と、百両で如来像をすり替え護符を剥がす約束をします。
新三郎はお露の強い愛ゆえに取り殺され、伴蔵夫婦は手に入れた百両で暮らし向きも変わり・・・。

結局は悲劇なのですが、人々が日常で醸し出す「笑い」、その後に襲ってくる「非情」な行為は、観る者を一気に恐怖へと突き落とします。

原作・三遊亭円朝、脚本・大西信行、演出・戌井市郎

もう一つの演目は『奴道成寺』。
よく『道成寺』の舞踏を観ますが(ご参考 4月の観劇記)、これは主人公が男性の狂言師。
娘道成寺のパロディだと言うことです。
聞いたか坊主もずらりと並んだその顔触れは、御曹司やら期待の若手ばかり。
劇中で坂東玉三郎一門の二人(坂東功一坂東玉雪)の名題昇進の紹介が、白拍子花子実は狂言師左近を演じる坂東三津五郎からあり、とても華やかな舞台となりました。

※公演詳細は歌舞伎座のサイトで。

(歌舞伎座にて)

☆作・三遊亭円朝「怪談牡丹燈籠改版」岩波文庫
 

☆著者・高野実貴雄「三遊亭円朝と歌舞伎」近代文芸社
 

『平家女護島-俊寛-』一幕(10/2-26)
先日、国立劇場の「社会人のための歌舞伎入門」で観た、ちょうど同じ場面を新橋演舞場の「十月大歌舞伎」昼の部で上演していたので、本日はイヤホンガイドの解説無しで観てみました。
俊寛に中村勘三郎、鬼界ヶ島で夫婦となった丹波少将成経に中村勘太郎、その妻の海女の千鳥を中村七之助が演じます。
同じ月に同じ場面を全く異なる役者で観ることができるのは、観客として大変貴重な体験だと思います。
生意気な事を言うようですが、それぞれ家や役者が研究を重ねてきた「見せ方」の違いを感じながら観ていました。

この作品では、海女の千鳥の男勝りな島の娘の生き生きとした存在が、作品にメリハリをつけています。
七之助の千鳥は、手は出すなと言われながらも、瀬尾太郎義康(坂東彌十郎)と戦う俊寛の助太刀を買って出る勇ましさが可愛いく表されていました。

さて最後、俊寛が一行を乗せた船を見送る場面です。
岸壁から手を振るのも止めてじっと一点を見つめている俊寛の表情が、当人にしかわからない想いを物語っていました。

舞台の作りも同じシンプルな歌舞伎だから味わえる楽しみを、改めて感じました。

作・近松門左衛門

錦秋演舞場祭り 十月大歌舞伎の詳細こちら

追記です。
十月大歌舞伎では、「平家女護島 俊寛」の他に「連獅子」「人情噺文七元結」の上演もあります。


(新橋演舞場にて)

『犯さん哉』(10/6-28)
作・演出・ケラリーノ・サンドロヴィッチ
前回観た、『犬は鎖につなぐべからず』(岸田國士の一幕ものの戯曲)が、あまりにモダンで洒落た演出だったので・・・。

この作品、ネタバレしたら面白くなくなると思います。
パルコ劇場で、あのキャストで、驚くような作品でした。

これは、役者への挑戦なのでしょうか?
それとも観客への挑発?

作者の思春期の想いをぶつけたような、夢か?現実なのか?それとも未来?
この混乱が作者のネライなのかもしれません。
でも見終わった後に、グサグサと胸に突き刺さる感情を抱いた場面が思い出されます。
ケラリーノ・サンドロヴィッチは、やはりタダモノではなさそうです。

たくさん「」をつけてしまいましたが、後は観る方の人生観と感性にお任せしましょう。

本当に役者ってすごい、いえ大変な職業です。

※公演詳細はパルコ劇場のサイトで。

(パルコ劇場にて)
『たとえば野に咲く花のように-アンドロマケ-』(10/17-11/4)
先日観た『アルゴス坂の白い家』に続くギリシャ悲劇第2弾のヒロインは、エウリピデスやラシーヌの戯曲で知られるアンドロマック(ギリシャ語読みではアンドロマケ)です。

2002年に劇団四季の『アンドロマック』を観たことがあります。
トロイア戦争で敗戦した武将の未亡人アンドロマックに、勝利した国の武将ピリュスが想いを寄せますが、ピリュスには既に婚約者がおり、その婚約者を慕うピリュスの部下も登場する複雑な恋愛模様が織り成す悲劇の物語。
アンドロマックがピリュスの愛を受け入れたところで、この関係が丸く収まるかどうか。
ごんな展開もギリシャ悲劇だからと、彼らの苦悩も言葉だけで心情を察することなく、物語としてただ傍観していました。

『たとえば野に咲く花のように』の作者・鄭義信は、『アンドロマック』の物語を朝鮮戦争勃発直後の1951年の日本に作品の舞台を移しました。
アンドロマックに当たる人物を朝鮮人の女性・安(安)田満喜(七瀬なつみ)、ピリュスに朝鮮特需で財を成した戦地から帰還した日本人男性・安部康雄(永島敏行)とし、さらに安倍の婚約者(田畑智子)と彼女を慕う安倍の部下(山内圭哉)、彼らが置かれる境遇と限られた生き方の中で苦悩する姿を、切ないまでに純粋に描いています。
日本では戦後でも、朝鮮の人々にとってはまだ戦争が続いていたという時期。
その中で生じる彼らの関係には、とてつもない緊張が生じてます。
しかし皮肉にも、生きている証しのように輝いて見えました。

不思議なことに、かえってこの設定が過去というより、これからの出来事の暗示のように思えてきました。
舞台の時代から50年以上経た今でも、世界のどこかで戦争が起きています。
そして戦地でなくとも、なにかしら戦争と関係している国々。
今その対応に揺れる日本の将来への不安。
過去の史実を知る私たちが切り開くこれからの道で、この作品に登場する彼らのような悲しい過去を繰り返すことは許されません。

客席と一体となったような広々とした舞台。
帰る国を失った現実を受け止め、毅然と生きる女性を七瀬なつみが、そしてその彼女を包み込むように見守る男性を永島俊行が好演しています。
日常の泣き笑いが、すぐには消えない起きてしまった戦争の残酷さを、観客の胸に余韻として残していました。

作・鄭義信、演出・鈴木裕美、美術・島次郎、照明・原田保、音響・友部秋一、衣裳・宮本宣子

※公演の詳細は新国立劇場のサイトで。

(新国立劇場 中劇場にて)
『恐怖・ハト男』(10/11-15)
作・演出・加藤一浩
彼の演出で、2004年3月に別役実作品を観たことがあります。
登場人物の間(ま)、こちらから見るとびっくりするような物語が、淡々と日常として展開する様が印象的でした。

今回の作品、写真のチラシ文句にもあるように、柄本明の一言「カトーは、オモシロイ」。
ああ、本当だ。どことは言えないけれど、頭と心に残る、ひっかかる、恐ろしい、癒される・・・。様々な感情が沸々と沸き上がってくるのを感じました。
今回は作も加藤一浩です。

舞台は、とあるビルの5階、エレベーターホールの前。
様々な境遇に置かれた、どこか心に不安を抱えた登場人物たちが、初めて出会う時の緊張感、言葉を交わした瞬間に出来上がる関係、それでいて個々の背景までが描かれています。
盛りだくさんでいながら、その構成力が観る者を舞台に引き寄せて放しません。

あとは、劇場で体感してみてください。
残りの公演は、あとわずかです。
決して上から見下ろす作品ではありません。
人々の心の痛みに触れた時の切なさが、心に残ります。

※公演詳細は東京乾電池の公式サイトで。

(下北沢ザ・スズナリにて)
「社会人のための歌舞伎入門」(10/12,17)

半蔵門にある国立劇場で、19時開演。
ちょと早めにお弁当持参で劇場に着いたら、2階の「お休み処」で、ゆっくりイヤホンガイドの前説を聞きながら食事をするのはいかがでしょうか。
食堂も営業していますが、30分くらいだったら机と椅子が備えられたこのお休み処で(持ち込みのお弁当を食べるための場所です)。
会場ではお弁当の販売もありますから、ロビーのソファで食事するよりも、人目を気にせずに落ち着けます。

会社の帰り、荷物の多い方には、10円から利用できるコインロッカーもあります。
そんなこんなの配慮は、国立だからでしょうか。

通常の売店以外にも、作品にちなんだ土地の名産品の販売があるのも、この劇場の特徴でしょう。
本日の作品は『平家女護島 -俊寛- 鬼界ヶ島の場』。
時代物の浄瑠璃は全て五段だったそうです。これは二段目。
俊寛の流された鬼界ヶ島は、鹿児島県の硫黄島だと言われています。
そんなわけでロビーでは、今月は鹿児島の名産品が並んでいます。

この日は歌舞伎入門のため、通常の公演の一部だけが上演されるのですが、興味を持ったら通しで観てはいかがでしょう。
えびす組の歌舞伎通のコンスタンツェなどは、休日は通しで観て、そして歌舞伎入門で知識を蓄えて・・・と、日々精進しているようです。

本日の解説は、松本錦弥
この島流しにあった俊寛の物語りに至る前の話と、そして前の段から俊寛の妻、東屋(市川高麗蔵)が自害する場面を、演じる役者そのまま抜粋で見せてくれました。
「その場面のVTRスタート!」となりそうなところを、ライブで見せてくれるのですから、歌舞伎入門ならではの贅沢な演出です。

そして二段目の上演へと続きます。
あさぎ幕が振り落とされると、そこには島の海岸の舞台が出来上がっていました。
最後の場面、一人島に残った俊寛(松本幸四郎)が遠ざかる船を花道のところまで追いかけようとすると、サァーッとその花道に波が押し寄せます。
そして舞台がまわり、岩によじ登った俊寛の周囲は、いつの間にか海に囲まれていました。
哀しみを振り絞り、去り行く船に手を降る姿が印象的な作品です。

さて終演後、帰宅の心配は・・・東京駅や渋谷駅、他JRの大きな駅へ向かう有料バスが劇場前にスタンバイしています。
劇場の最寄り駅(半蔵門、永田町)に行くのがおっくうな方には便利です。
台数が少ないので、終演後すぐに乗車するといいでしょう。

歌舞伎役者自らの解説で、歌舞伎を観る。
11月、12月にも日を限定して歌舞伎入門は行われます。
上演時間が通常の歌舞伎公演より短く、その分料金も低めなのが魅力です。

入場時に配布される資料には、本日上演された場面の筋書、上演台本、歌舞伎用語などが掲載されています。

公演詳細は国立劇場のサイトで。

そうそう、今月新橋演舞場で行われる昼の部の歌舞伎の演目の一つは、この国立劇場と同じ『平家女護島 -俊寛-』。こういう競演もあるのですね。
新橋演舞場では、俊寛を中村勘三郎が演じます。
こちらも観てみたくなりました。
新橋演舞場、昼の部公演詳細はこちら

(国立劇場 大劇場にて)