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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『シェイクスピア・ソナタ』(8/30-9/26)
「もうちょっと、観る側に知識があれば・・・」
観終わってプログラムを読みながら、こう思いました。

ある一座の旅回り公演中の楽屋が舞台。
シェイクスピアの四大悲劇作品(マクベスハムレットオセローリア王)を中心にした、沢村時充(松本幸四郎)を座長とする劇団の、一年に一度訪れる旅先での四日間の物語。
彼らが着ている衣裳、そして会話から、その日は何の公演が行われているのか知ることができます。

かつて松本幸四郎の演じるマクベスとリア王を観たことがありました。この辺が、もう作家の企みというか、知る人ぞ知る楽しみとなるようです。
登場人物の関係も、親類縁者、男と女、家督の問題などが複雑に絡み合い、何のことやらわからず蚊帳の外に置かれたように思うところもありました。が、しかし、この関係こそがシェイクスピア?
作家の苦心が窺えます。
ただ、四大悲劇の人物の関係を舞台に登場する人物だけに当てるのは、一般の観客にとっては少々ハードな感がありました。
舞台には出てこない登場人物も重要な役割を担っていますが、それを語りだけで進行させる手法も、残念ながらここでは理解に苦しみます。

それでも、シェイクスピア通にとっては、宝探しのような作品かもしれません。
松本幸四郎が企画して立ち上げた「シアターナインス」10周年記念公演です。

作・演出・岩松了、美術・磯沼陽子、照明・沢田祐二、衣裳・前岡直子

(パルコ劇場にて)

☆「シェイクスピア全集(3)」訳・松岡和子、ちくま文庫
 「マクベス」を収録

☆「シェイクスピア全集(1)」訳・松岡和子、ちくま文庫
 「ハムレット」を収録

☆「シェイクスピア全集(13)」訳・松岡和子、ちくま文庫
 「オセロー」を収録
 

☆「シェイクスピア全集(5)」訳・松岡和子、ちくま文庫
 「リア王」を収録
 
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「芝居半分、病気半分」紀伊國屋書店
芝居半分、病気半分芝居半分、病気半分
(2007/05)
山登 敬之


えびす組のメンバーと、そして縁のある人々で、行く夏を惜しむように納涼会を行いました。
えびす組のご意見番、ヘンリー・ヤマト・六世も一緒です。

ヘンリーと言えば、6月に著書を出版しました。
何冊目になるのでしょう。結構、本業(精神科医)で著書が多数あります。
さて、この著書「芝居半分、病気半分」は・・・何のジャンルになるのでしょう?
ある書店では「精神医学」や「臨床心理学」のコーナーにありました。
また、とあるところでは「演劇関係」。
店内をぐるぐる探し回って「男性エッセイ」というコーナーで見つけたこともありました。
タイトルに翻弄される書店の苦労が窺えます。

その内容は、精神科医としての観点、そして演出家で演劇評論家という演劇的な観点も交えて、人間の行動を赤裸々に潔い言葉で語った、わかりやすい読み物です。
わかりやすいと言うのは、エピソードに対しての例えが演劇に関する出来事で記述してあるので、芝居好きの私たちにとっては、大変興味をそそられるところでした。

本の帯からその文章をご紹介します。
『「演じる」のは、はたしていけないことなのだろうか?(略)・・・人間は、他人の視線に触れて生きている以上、演技せざるを得ない。・・・このように考えると、日常レベルで上手に演技できない人というのが、精神的に苦痛を感じたり、ときに病気になったりするという説明の仕方も可能になる。』(本書より)

表紙にはヘンリー本人と、そして看護士に扮した東京乾電池の江口のり子が、目の前にいる読者と向き合っているように見えます。


ヘンリーの著書
「芝居半分、病気半分」著者・山登敬之、紀伊國屋書店
芝居半分、病気半分芝居半分、病気半分
(2007/05)
山登 敬之


「子どもの精神科」著者・山登敬之、筑摩書房
子どもの精神科子どもの精神科
(2005/09/22)
山登 敬之


「子ども精神障害」著者・河合洋、山登敬之、日本評論社
 

「拒食症と過食症」~困惑するアリスたち~ 著者・山登敬之、講談社


『八月納涼大舞伎』第2部、第3部
8月の歌舞伎座公演、第2部は1部とは趣向が変わって、納涼歌舞伎らしく幽霊ものの話で始まります。

ゆうれい貸屋』。
作・山本周五郎の、滑稽さと教訓を含んだ幽霊話です。
いくら働いても貧乏から抜け出せないからと働くことを諦めてしまった桶職弥六(三津五郎)、そんな夫に妻も愛想をつかして家を出てしまいます。
ふとしたことで、弥六の男っ振りが気に入った幽霊のお染(福助)が弥六の家に居着いて、この家の家賃稼ぎのために幽霊の派遣ビジネスを提案するのです。
その内容は、恨みを持つ相手に、自分が死なずとも頼んだ幽霊が代わりに相手のところに化けて出てくれるというもの。

やってみたらあまりの繁盛ぶりに、世の中にはこんなに他人に恨みを持った人が多いのものかと、考えさせられる弥六でした。
幽霊に教えられるのはこれだけではありません。
生きていればこそ。生きているうちにやるべきことはやるものだ、と説いて姿を消す幽霊の又蔵(勘三郎)の言葉に、ついに弥六は一人前の男として目を覚ますのです。

生前は新橋で芸者をしていたというお染、色っぽさと執念深さと賢さを備えたその人物(幽霊?)像にぴったりの福助の役どころが、この物語の一服の清涼剤となっていました。

原作・山本周五郎、脚色・矢田弥八、演出・大場正昭。

新版『舌切雀』-花鳥の森・夏の星-
勘九郎時代に、渡辺えり子が書き下ろした『今昔桃太郎』の舞台を上演したことがあるそうです。
今回は、舌切雀の物語をベースに、鳥の世界と人間の世界が舞台となって、壮大な展開を見せています。
こういう昔話には、善人と悪人(と言っても、欲が深いくらいなものでしょうか)の登場がつきものです。
強欲なおばあさんに勘三郎が、その善人の息子夫婦に勘太郎と七之助が扮しています。

鳥の世界では鳥の視点で描かれる、そんな人間の欲を脇に置いて観られるところがいいですね。
あの、おばあさんの強さと言ったら、まるで作者が自分を当て書・・・。

作・演出・渡辺えり子、美術・加藤ちか、照明・宮野和夫、衣裳・ひびのこづえ

さて、18時からは第3部の、通し狂言『裏表先代萩』です。
個人的には昨年1月に『伽羅先代萩』で観た「政岡の飯炊き(ままだき)」と言われる場面を楽しみにしていたのですが、こちらでは省略されています。
その分、政岡(勘三郎)の息子、千松(吉田聖)の達者な長台詞を楽しみました。
観客からも、拍手喝采の場面となりました。

公演は29日まで。
さあ、これで歌舞伎座の夏も終わりです。

(歌舞伎座にて)

※写真は第2部「ゆうれい貸屋」のポスター。
 なかなか粋な芸者の幽霊(福助)です。

☆著者・山本周五郎「人情裏長屋改版」新潮文庫
 「ゆうれい貸屋」を収録。長屋ものを中心に、11編収められています。
 
『八月納涼大歌舞伎』第1部(8/11-29)
8月の歌舞伎座は3部制で、普段とは少々異なる華やかな趣向の演目が催されます。

第1部は『磯異人館』から始まります。
舞台全体が異人館の内部となり、歌舞伎座の横長の舞台の特徴を活かしたセットには感心しました。
3階の端の方の席から観ても、人物が家具や壁に隠れないように家の中が見えています。

物語の舞台は鹿児島。
作・指宿大城のその作品は、幕末の世に生きる薩摩藩士の若者の「生き方」を示しています。
薩摩戦争後、近代化を目指し、英国の技術援助を受ける薩摩藩。
その中にいて新しい時代を感じながらガラス職人としての腕を磨く精之介(勘太郎)、藩命による結婚に困惑しながらその運命を受け入れる琉球王女・瑠璃(七之助)。
好き合う彼らが自ら結ばれることを諦める姿に、激動する時代の流れを感じました。

精之助の親友で男気のある五代才助を、市川猿弥が好演しています。

作・指宿大城、脚色・田中喜三、演出・福田善之。

そして、第1部二本目の演目は『越前一乗谷』。
7月にニューヨークで上演されていた平成中村座公演終了後に稽古に取り組んだ作品ということです。(イヤホンガイドの情報より)
いつものことながら、歌舞伎俳優の短い稽古期間での芸の取得には驚かされます。

作・水上勉。
中村橋之助が朝倉義景、中村福助が奥方の小少将に扮しての、夫と子供を殺されて未亡人となった小少将が、そのいきさつを振り返る波乱万丈の舞踏劇です。
その舞台装置は簡素で、3階席から見下ろすと、セリの歯車までうかがい知ることができます。
舞踏で語られる、場面が激しく転換する勢いある舞台には、また、それらが夢の中の出来事のように語られるには、かえって効果的でした。
中村橋之助の踊りを堪能できる作品です。

(歌舞伎座にて)

※公演詳細は歌舞伎座のサイトで。
「第13回稚魚の会・歌舞伎会合同公演」(8/22-26)
昭和63年に合同公演第1回目が開催されて、今回で13回目を数えるそうです。
私にとっては初見となりました。

国立劇場が昭和45年から実施してきた歌舞伎俳優養成の修了生たちによる「稚魚の会」、*名題下を中心にとした既成俳優たちの「歌舞伎会」の合同公演というわけです。(プログラムを参考)

踊りと芝居で構成されており、芝居の演目としては、「菅原伝授手習鏡 寺小屋の場」「勧進帳」があり、監修・指導もそれぞれ中村吉右衛門と市川團十郎が行っています。

私はこの公演を、歌舞伎研修の卒業公演のようなものだと思っていたのですが、それは大きな間違いでした。
もちろん、歌舞伎俳優養成の一番最近の第18期修了生も参加していますが、第2期生をはじめ、既に歌舞伎の世界で活躍している俳優の姿も見られ、立派な舞台を見せてくれています。
この公演では、もしかすると若手俳優にしてみたら、普段よりも大きな役についているのかもしれません。
大役、初役に挑み、これから大きな舞台で活躍するための一つのステップとなっているようです。

劇場に行けば、イヤホンガイドによる解説もプログラム(英語の解説付)の販売もあります。
特にイヤホンガイドでは、開演前と幕間にフレッシュな俳優の生の声が聞けるインタビューがあるので、作品と併せて役への意気込みを聞くのも面白いかもしれません。

本日観た彼らの名前を忘れずに、これからの活躍を楽しみにしようと思います。

※公演情報詳細はこちら

(国立劇場 小劇場にて)

*名題と名題下については、(社)日本俳優協会のサイトをご参照ください。
『若草物語』(8/17-19)
日本でも大変有名な四人姉妹の物語。
子供の頃に大きな活字で読んだ話の‘その後’があることを大人になって知り、その作品により関心を抱いたことが思い出されます。

日生劇場国際ファミリーフェスティヴァル2007の一つとして文学座が上演した『若草物語』は、その後に続く出来事までが描かれた、ファミリーステージの名に相応しく、家族それぞれの心に響く作品でした。

作・ルイザ・メイ・オルコット、脚本・演出・高瀬久男。
ジョーの未来の夫が彼女からの手紙を読み上げて進行するその物語は、彼女たちの成長がそこにあることを予感させます。
その成長とは、隣人へのできる限りの思いやり、それが自然に家族の絆を築いていく姿を目の当たりにしました。
原作は、多くのエピソードで綴られていますが、この作品では彼女たちの転機を中心に、子の目線、親の目線、大人の目線、それらが重なり合って展開していきます。
四人の姉妹が生きるための「夢」と、決してその「夢」がゴールではないけれど、自らの意思を見つけるのに必要だということを痛感しました。

一つずつ手に入れる幸せ、そして別れ。
観客の子供のほとんどは小学生の女の子でしたが、涙しながら観ていたのが印象的でした。

作・ルイザ・メイ・オルコット、脚本・演出・高瀬久男、音楽・川崎絵都夫、装置・倉本政典、照明・金英秀、衣裳・宮本宣子

※このフェスティヴァルの詳細は、日生劇場のサイトで。

(日生劇場にて)

※来年の演目が早くも告知されていました。
 日生劇場+文学座のファミリーステージ「トムは真夜中の庭で」原作・フィリパ・ピアス。
 ・・・こちらも小学生の時に読んで忘れられない作品です。

☆プログラムに紹介されていた映画版「若草物語」
 ジョージ・キューカー監督版
 

 マーヴィン・ルロイ監督版
 

 ジリアン・アームストロング監督版
 
『エレンディラ』(8/9-9/2)
原作はガルシア・マルケスの「無垢なエレンディラと世にも無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」。
この短編を既に読み終えた方も多いことでしょう。

この世界初演の舞台作品は、単なる小説の舞台化ではないことをお伝えしたいと思います。
8月9日に幕を明けた舞台は、1927年にコロンビアで生まれた作家が書いた小説が、現代のこの時まで続いているようでした。

演出・蜷川幸雄、脚本・坂手洋二
運命の恋人たちは、エレンディラに美波、ウリセスに中川晃教
二人が、その関係から生じる出来事を信じさせてくれました。

風を感じ、砂の匂いを感じ、水を感じ、エレンディラの叫びに砂漠の孤独を感じ、ウリセスの眼差しに一途な愛を感じ・・・そしてかつてそうであったか、またはまだ巡り合っていない愛の形が舞台に存在しているのを感じていました。

平日は、19時開演、そして終演予定時刻は23時5分。
残念ながら、私自身は終演まで観ていることができませんでした。
それなので、本日のこの作品についての紹介は、この辺で終わりにしたいと思います。

(さいたま芸術劇場・大ホールにて)

作品の音楽を担当するのは、マイケル・ナイマン

※公演詳細は彩の国さいたま芸術劇場の公式サイトで。

☆作・ガルシア・マルケス「エレンディラ」筑摩書房

『ロマンス』(8/3-9/30)
休憩前の一幕の綿密な人物描写。
そして二幕のチェーホフを取り巻く人々との急激な展開。
チェーホフの短いながらも生活と仕事との葛藤する波乱に満ちた人生が描かれていました。
これはロシアの高名な小説家を一人の人間として捉えた時に、小説家以上に彼に人生があったことを知ることにもなるのです。
そして、彼の初心と、手を離れてしまった自身の作品の扱われ方への憤りについても。
前半の綿密な描写があったからこそ、観客には作品が自由に羽ばたいて行く姿を最後まで見守ることができました。

この作品は、従来の井上ひさし作品とは毛色が違っています。
まず、舞台が日本ではありません。
そのせいか、全編通してあか抜けた印象がありました。
出演俳優の顔触れを見てもそうです。
チェーホフ役は、少年期(井上芳雄)、青年期(生瀬勝久)、壮年期(段田安則)、そして晩年(木場勝己)と、俳優がリレーのようにチェーホフの生き様というバトンを渡して、彼の人生が語り継がれていきました。

ロシアの作家の一生を縦糸に、その時々に係わる人々を横糸に、常に兄を気にかける妹(松たか子)が寄り添うように織り成す人生、晩年に華やかさを添える妻オリガ(大竹しのぶ)、それらがタテヨコナナメに美しい彩りを見せて描かれています。

プログラムに掲載されていますが、チェーホフは、女優である妻と離れて暮らす日々が続いたため、彼らの間で交わされた多くの往復書簡が残されているそうです。
この書簡を元に書かれた二人が戯れる幸せそうな声が響き渡る場面は、作品のクライマックスでもあり、印象に残ります。

さて、チェーホフの初心とは、‘ヴォードヴィル’。
アメリカでミュージカルの起源となったそれではなく、プログラムによると、「面白い筋立て。演劇的からくりを仕組んだ芝居のこと」。
チェーホフは人生を笑い飛ばすような作品を描きたかったのではないかと思えてきます。
「かもめ」を見てください。そこには‘喜劇四幕’の文字が書かれています。
そして「三人姉妹」の最後に聞こえる楽隊の音も、晴れやかに、賑やかに聞こえてくることでしょう。

・・・正直なところ、筋を追うのが精一杯の初日でした。
もっと情緒豊かな作品になるのは・・・公演期間が長いので、もう一度観てみたいと思います。

作・井上ひさし、演出・栗山民也、音楽・宇野誠一郎、美術・石井強司、照明・服部基、衣裳・前田文子、振付・井出茂太

※公演詳細は世田谷パブリックシアターのサイトで。

(世田谷パブリックシアターにて)

☆(参考)著者・アントーン・パーヴロヴィチ・チェーホフ /小田島雄志 「かもめ」 白水社
 

☆(参考)著者・アントーン・パーヴロヴィチ・チェーホフ /小田島雄志 「三人姉妹」 白水社