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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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aluto(アルト)路上ライブ
銀座のみゆき通りを歩いていたら、耳に心地よい歌声が聞こえてきました。
銀座通りから聞こえてくるその音楽は、どこで流しているものなのか?見渡すと路上でライブが行われていました。

男性と女性のユニット。男性がギターを弾き語り、女性がヴァイオリンを奏でています。
彼らは‘aluto(アルト)’。
一列に並んで聴いていた聴衆も、次の曲が始まる頃には三列になるほど人々が集い、彼らを取り囲んでいました。

路上ですから、買い物客が多く通りかかります。
最初、足を停めて聴いていたのは、意外にも中高年の家族連れがほとんどでした。
ボーカリストの藤田大吾が「もう一歩どうぞ前へ」と話しかけると、聴衆は一歩も二歩も歩み寄ります。
こういうコミュニケーションというか、一体感が一般の聴衆と出来上がるような、温かみのある素敵なライブでした。

かく言う自分も、数曲耳を傾けて聴いていました。
集まる人垣から観て、(写真のような)こんな感じ。
曲の合間にヴァイオリンの佐藤帆乃佳が配ってくれたチラシには、彼らのプロフィールとLIVEの案内がありました。

「結成2周年Special!!」ワンマンLIVE
6/26(火)19時から shibuya O-WESTにて。


詳細はディスクガレージのサイトで。

(銀座通りにて)

☆aluto「五文字の糸」 2006年10月にリリースされた彼らのファーストアルバム。

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4月に観たい―ウィーン版『エリザベート』
◎3月28-4月30日、梅田芸術劇場メインホール。

ウィーン版ミュージカル『エリザベート』の来日公演が、本日から始まりました。
新年に新宿コマ劇場で、ウィーン版エリザベート役のマヤ・ハクフォート、トート役のマテ・カマラス、そしてルドルフ役のルカス・ペルマンによる、ミュージカルの楽曲のコンサートが行われました。
その主要キャストはもちろんのこと、ウィーンで上演されているのと同じセットで、引っ越し公演(ウィーン・オリジナル・バージョン)として行われるのです。

ウィーンでは、たいてい夏はどの劇場も休演中なので、日本を離れて観るのはなかなか難しそうです。
引っ越し公演としては、大阪の梅田芸術劇場メインホールのみで上演されます。
5月には、舞台のセットこそありませんが、本番の衣裳を着た公演に準じたコンサートが新宿コマ劇場で行われます。

(梅田芸術劇場メインホールにて)

※公演詳細はこちら

※公式ブログはこちら

☆ウィーン版『エリザベート』DVD
※ルドルフ役はルカス・ベルマンとは違う俳優が演じています。 

4月に観たい―『夜桜能』
◎4月3日-5日、『第16回 靖国神社奉納夜桜能』

靖国神社の境内にある能楽堂で行われます。
昨年、初めて観に行きましたが、能楽堂の周囲を堂々と咲き誇る桜と、古典芸能の世界。
最初に行われる厳かな火入れ式で、観客も観るための心の準備を整えて臨みます。
能を楽しんで観るのには、イヤホンガイドは必須!
満開の桜の下で観る能と狂言。
この季節ならではの4月に観たい作品です。

小雨決行。
(靖国神社 能楽堂にて)

※公演詳細はこちら
『仲道郁代ピアノリサイタル』
仲道郁代のピアノリサイタル。
会場は八ヶ岳高原音楽堂で行われました。

写真のように、木をふんだんに使って建てられた六角形の音楽堂。
窓際にステージが作られているので、演奏中、奏者の背後に高原が見渡せます。

約250ある客席は満席、聴衆は老若男女、家族連れが多く見られました。
モーツァルト「きらきら星変奏曲 ハ長調K265」の親しみ易い曲から始まり、グリーグの「叙情小曲集」で、バラエティに富んだ曲調を楽しませてくれました。
力強く奏でられるその調べの背景に、まだ積雪の残る高原に立つ木々の枝が、音楽に合わせるかのようにざわめいているのが見えます。その様子に、自然の真ん中で音楽を聴いている幸せを感じていました。

初めて聴く彼女のピアノ演奏ですが、まず驚いたのは、聴衆に礼をしてピアノと向き合うや否や鍵盤に指を走らせて弾き始めるそのスタイルです。
鍵盤に引き寄せられるようなその姿に、彼女の楽曲に対する溢れんばかりの想いを感じました。
ピアノの演奏会の場合、たいていはピアニストの手元が見える位置に席を取るのですが、今回は抽選で席が決められており、演奏者の表情が見える場所から聴いていました。仲道の口元が動いて唄うように弾いている様子をうかがい知ることができました。

17時開演のリサイタル。休憩をはさみ、ショパンの夜想曲(第13番、ハ短調op.48-1、第14番嬰ヘ短調op.48-2)が終わるころには、作品に導かれるように窓の外には夜の帳が下りていました。

少々天候が崩れ、雨模様の暗闇を背景にして、アンコール最後の曲となります。
仲道の「今日は月が見えませんが・・・」という言葉の後、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」(第一楽章)の演奏。
月明かりが差したような神々しい空気が場内に満ちているのを感じながら、会場を後にしました。

(八ヶ岳高原音楽堂にて)

☆演奏・仲道郁代「アリエッタ~妖精の森の詩」(株)BMGJAPAN
 グリーグ:抒情小曲集/ホルベルク組曲を収録


☆演奏・仲道郁代「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集VOL.5」(株)BMGJAPAN
 ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2「月光」を収録

『三月大歌舞伎』夜の部(3/2-26)
通し狂言『義経千本桜』。
夜の部の五幕目の「すし屋」には、義経も静も源九郎狐も出てきませんが、今年一月に新春浅草歌舞伎で上演されたように、大変有名な場面となっています。

その前の四幕目「木の実・小金吾討死」
ここでは、五幕目で弥左衛門が、男の生首を自宅に持ち帰る経緯が物語となっています。

そして五幕目「すし屋」
四幕目で、人のお金を巻き上げる悪事を働き、しかしながら子煩悩な一面を見せていた権太(仁左衛門)が再び登場します。
その行いの悪さから、父・弥左衛門(左團次)に勘当された権太。
母親にお金を無心をしようと、父の留守をねらって帰ってきました。
そこには妹のお里(孝太郎)と、父母しか知らないことですが、素性を隠した平重盛の子息・維盛(時蔵)がおりました。
部屋で一人になった登場人物が、次々と鮓桶(すしおけ)に秘密を隠していきます。
いつの間にか、その場所が移動して入れ替わり・・・観客しか目撃していないからくりの面白さも取り入れ、最後は権太が改心するものの臨終の時を迎えて悲しみのうち幕となる。喜怒哀楽、盛りだくさんの物語。
通しで観て、四幕に、実はこの幕のキーとなる話が隠されていたことを知りました。

最後は大詰「川連法眼館・奥庭」
ここでは、長いこと病床に伏していた佐藤忠信(菊五郎)が、法眼館に身を隠している義経を訪ねます。
静御前の護衛を任せた忠信に、静の様子を聞く義経。忠信が身に覚えがないと言うのを聞いて、不審に思いますが、そこへ静の一行が到着。
ついに源九郎狐の正体が明かされます。
昨年の11月『花形歌舞伎』では、海老蔵が扮する源九郎狐が澤瀉屋型で演じられていましたが、今回の源九郎狐は菊五郎です。もちろん音羽屋型で。
澤瀉屋型が「動」だとすると音羽屋型は「静」かもしれませんが、神出鬼没の狐の様子は変わりません。

こういうお家の型の違いも、歌舞伎を観る楽しみの一つです。

来月は、中村信二郎が中村錦之助を襲名する華やかな襲名披露公演です。

(歌舞伎座にて)
『エンジェルス・イン・アメリカ』(3/20-4/8)
1994年に日本で初めてこの作品が銀座セゾン劇場(現ル・テアトル銀座、ジョーは堤真一、演出はロバート・アラン・アッカーマン)で上演された時に観たのがPart1。
当時はこの後の物語があることすら知りませんでした。-日本国内でAIDSについて、身近に捉える必要が出てきた頃-
その10年後、2004年にベニサン・ピットでキャストも新たにPart1と2が上演された際、残念ながらPart2を観る機会を逸してしまいました。-AIDSの存在が、かなりの人々に浸透しているものの、意識を持って捉えられているのか疑問-
そして今年、2004年と主要キャストをほぼ同じくして、同作品のPart1&2が連続上演されています。
逃してなるかと、早速、Part2を観に行きました。

Part1「ミレニアム」
悪名高きロイ・M ・コーンの部下で若いやり手の弁護士ジョーが、既婚の身ながら徐々に自分はゲイではないかと疑問を抱き、葛藤することから始まります。
自分を見つめ直し、次第にその事実を認めていくジョー。
そんな夫の気持ちがわからず、孤独な環境で幻覚を見るようになった妻のハーパー。
裁判所で雑用係をするゲイのルイスは、恋人のプライアーがエイズ感染者だとわかり、彼を遠ざけていきます。
時期を同じくしてジョーは妻との関係を避け、ルイスと親しくなります。
死と向き合う孤独の中、プライアーが見たもの、それは自分の枕元で羽を広げる天使の姿。天使は彼に啓示を与えるのでしょうか・・・。

Part2「ペレストロイカ」
Part1で登場人物が何十年もかけて培ってきた日常、人間関係が大きく変化し、物語がどんどん広がりをみせるのに対し、Part2では彼らがより関係を深め、それぞれが新たに歩み始めた生き方を模索しながら前進する姿が描かれています。

悪名高きロイ・M ・コーン(山本亨)はAIDSで病院のベッドに横たわり、プライアーのかつての恋人でゲイの看護士ベリーズ(矢内文章)がロイの担当となり、ジョー(パク・ソヒ)はルイス(池下重大)とベッドを共にし、妻のハーパー(宮光真理子)は相変わらず幻覚の中で生きています。
そしてプライアー(斉藤直樹)は、うるさく付きまとう天使から、彼が為すべき事を告げられ、幻と現実の間を瀕死の状態で行き来しながら、何かを求めてさまよい歩くのです・・・。

観客にも舞台の上の情景が、幻なのか現実なのか、とっさの判断がつきかねます。
何も無い舞台の上を、目まぐるしく滑車のついたベッドが滑り、スピーディーに場面転換を見せていきます。
緻密に計算された転換に、緊張とともに彼らの置かれる状況にも時間が無いことを告げられているようでした。

人々が目を背けたくなるような出来事を正面から見据え、若い彼らが自分たちで人生を軌道修正しながら生きて行く様に、勇気づけられる思いがしました。
私たち誰もが病んでいることに気付かずに生きている、そんな反省を含めて。

2002年、入場無料のTPTワークショップの発表が、ロバート・アラン・アッカーマン演出の『BENT』という作品で行われました。
ほとんどが無名の若い役者たちでしたが、彼らの持つエネルギーを感じ、観客も熱い想いを抱いて観ていました。
今回の作品に出演のパク、池下、斉藤、矢内・・・彼らを舞台で初めて観た衝撃は、忘れられない舞台の記憶として残っています。
エネルギーと柔軟さを備えた彼らの、Part1&2の7時間にも及ぶ連続上演。
できればPart1からご覧になると、彼らが何に苦悩しているのかが見えてくると思います。

作・トニー・クシュナー、訳・薛珠麗/TPT Workshop、演出・ロバート・アラン・アッカーマン、演出補・薛珠麗、美術・衣裳・ボピー・ボヤヴォッツキー、照明・沢田祐二、舞台監督・赤羽宏郎

(ベニサン・ピットにて)

※連日のように通しで上演されています。公演詳細はこちら

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☆映画『エンジェルス・イン・アメリカ』2枚組DVD


☆著者: トニ・クシュナー /吉田美枝「エンジェルス・イン・アメリカ(第1部)」文藝春秋
『TOMMY』2nd(3/12-31)
耳に残る音楽の記憶。

緊張しながら観た初日の『TOMMY』でしたが、ずっと耳に残っていたのが、青年トミーが身体の束縛から解放された時に歌う"I'm Free"です。この歌に導かれて、再び劇場へと当日券を求めて向かいました。
今度は全体を見渡せる、3階席からの観劇です。

極端な言い方をすると、感情の三重苦に囚われているのは観客の方か、と思われるほどに、トミーの描く美しい宇宙が目の前に広がっていました。

クリアに聴こえる歌声から得たもの・・・ストーリーとともに紹介すると、
トミーは母の誕生日を、戦火の中で支えてくれた母の恋人とともに過ごしていました。
そこへ戦死と知らされていた父親が突然帰宅し、ベッドにいる母と恋人の姿を見て殴り掛かります。勢い余って自分の持つ割れたビンに体を突き刺し、母の恋人は死に至りました。
それを目撃したトミー。
両親の「あなたは聞いてはいない、見てはいない、これから一生(この事件について)何もしゃべってはいけない」という訴えをトミーは受け入れ、その瞬間から、見えない、聴こえない、話せないという三重苦の世界に閉じこもってしまうのです。
両親のとっさの願いを受け入れただけのトミー。

初日に感じたトミーの精神の世界、そして現実には本来のトミーを取り戻したいと切実に願う両親の想いと、二つの世界が同時に進行しているのを目の当たりにしました。

導かれるように、トミーが手にしたピンボールマシンのレバー。
彼の心の叫びがマシンの中で弾けて、対話を繰り返しているようです。いつまでも、いつまでも。
3階席から見渡すと、劇場の空間をピンボールマシンとともに漂うトミーが、彼自身の宇宙にいるように見えました。
私たちが目にするのは、イメージとしてのトミー。
こういう美しい構想が演出家にあったことを思い知りました。

母親(高岡早紀)のトミーを見つめ、話しかけることを止めない姿は、観る者の心を揺さぶります。
その反面、与えられることに慣れた世間の非情さが胸に突き刺さるのです。

音楽の旋律の美しい作品。
繊細に歌い上げる中川晃教の歌声には、舞台という空間を超越した響きがあります。
新しい『TOMMY』の記憶として、ずっと心の奥底に残ることでしょう。
そして、色香で感覚を呼び覚まそうとするAcid Queen(ソムン・タク)、激しくエキサイトするピンボールキング(ROLLY)、彼らのビジュアル以上に訴えかける歌声の存在が、トミーの宇宙の中で彼を取り巻いているようでした。

観客として欲が出てきました。
アリーナのような巨大な空間の中央で、このトミーの宇宙を観てみたい
観客の心が解き放たれるのも、もうすぐです。

作・ピート・タウンゼント/デス・マカナフ、音楽・THE WHO、
演出・いのうえひでのり、振付・川崎悦子、訳詞・湯川れい子/右近健一、翻訳・薛珠麗、美術・堀尾幸男、照明・原田保、音楽監督・岡崎司、衣裳・竹田団吾、映像・上田大樹

(日生劇場にて) 3/15夜の部を観劇

※20日と22日、夜の部終演後にアフタートークがあるようです。
 詳細は、公式ブログで。

☆映画『TOMMY』DVD    オリジナル・サウンドトラック
コレクターズ・エディション
         

☆The Who『TOMMY』CD
ロック・オペラ「トミー」+17(デラックス・エディション)

『恋の骨折り損』(3/16-31)
なんて軽快で、純粋で、可愛らしい作品なのでしょう。

シェイクスピアの作品です。
スペインとフランスに近いナヴァールという国が舞台。
王ファーディナンド(北村一輝)は、勉学のため貴族である友人たちと4人で誓いを立てました。女性にうつつを抜かさないことはもちろんのこと、諸々の厳しい規則です。
そこにフランスから王女(姜暢雄)とお付の一行が、借金の返済についてファーディナンドと話をしにやってきました。

4人の青年と4人の娘たち。青年たちは一目で恋に堕ちてしまいました。
しかし、誓いを立てた男の意地があります。どうアプローチするか骨の折れるところ。
一方フランスの娘たちは、彼らの苦心のアプローチにまんざらでもなさそうですが、そこが女心の複雑なところ。彼らをやりこめる策を練ります。

先程の女性に関する禁止事項、法令として宮廷中に効力が発揮され、逮捕者も出る騒ぎとなります。
果たして、彼らの恋の行方は・・・。

という、平和そのものの物語。
生命力あふれる美しい大木の下、貴族の青年たちの書くラブレターも、詩的で美しい言葉で語られています。
演じる役者も、美男美女揃い。彼らの恋の行方を見守る観客の表情は、始終緩みっぱなしでした。
先月上演された『コリオレイナス』のような、戦場の場面満載の険しい(舞台も階段状の険しい)セリフ劇から、時期を置かずして上品なコメディ作品を作り上げてしまう演出家の手腕にも驚きます。
今回はオールメールと言って、俳優陣は全員男性、女性も男性が演じています。シェイクスピアの時代がそうであったことは、周知のこと。
歌舞伎のような表現も古典の世界とは違い、現代の感覚で男性が女性をどんなふうに見て表現するのかを垣間見られる、面白い作りです。
笑ってばかりはいられません。男性から見る女性って、気高いイメージがあるようです。女性から見ても理想的・・・。

さて、個人的には、蜷川シェイクスピア作品における、俳優・高橋洋の役柄の役割に関心があります。
『ロミオとジュリエット(’04)』(見聞録18号に掲載)のマキューシオ、そして今回のビローンは、ともに主人公の兄貴分的立場から見解を述べる存在です。
高橋の演じる役柄が、小説を読む以上に主人公に人間臭さと、その立場に明確性を与える効果を観客として見出してから、作品がより身近に感じられるようになりました。

演出・蜷川幸雄、作・ウィリアム・シェイクスピア、翻訳・松岡和子、美術・中越司、照明・原田保、衣裳・宮本宣子、音響・井上正弘、ヘアメイク・佐藤裕子、音楽・笠松泰洋、振付・広崎うらん

(彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて)

☆「恋の骨折り損
著者: ウィリアム・シェークスピア /小田島雄志、出版社: 白水社

☆監督・ケネス・ブラナー「恋の骨折り損」DVD


☆NINAGAWA×W.SHAKESPEARE DVDーBOX
オールメール・シリーズの『間違いの喜劇』、小栗旬主演『タイタス・アンドロニカス』を収録

『トレインホッパーズ』(3/14-18)
えびす組のビアトリス(別名、因幡屋さん)から、「こんな作品がありますよ」と紹介されたのが、劇団桃唄309のこの作品です。
中野 ザ・ポケットの奥行きのある空間そのままが舞台となっていました。

トレインホッピングとは、走行中の電車に飛び移りつつ旅行すること。その行為をする人のことを「トレインホッパー」という。’(公演チラシより)。
もちろん、日本国内でできるようなことではありません。

この作品で、そのような手段で旅をする人々の名称を知ったぐらいなので、何のために、そしてどんな人々がこの行為に及ぶのか見当もつきませんでした。
しかし、舞台の上で目の前に存在している数人の男女、彼らの会話や仕草が妙にリアルに感じられ、だんだんと彼らの考え方が見えてきました。

冒頭、ある会社員の若者にしつこく取材を申し込む記者がいます。ある男性の死に関する取材だと言うのです。その事について口を開こうとしない若者。
やがて舞台は、葬儀で再会したトレインホッパーたちの会話から、彼らが初めて出会った頃へと話がさかのぼっていきます。
彼らが語ろうとしない、何かが起こる前へと・・・。

初めは個人としての存在だった彼らが、一人一人横のつながりを作って行く様、頼り合っていそうで、確立した個人の考えを持った一面を見せるなど、観客に納得のいく数ある場面を短時間に印象づける展開となっています。

過去と現在、そして気付くと未来までもが行き来する話の運びではありますが、時の流れ、彼らの思想の変化、集団の中に身を置くことへの戸惑いなどが、肌で感じられる臨場感がありました。

決して大掛かりなセットがあるわけではありません。展開にスピード感を持たせることによって、トレインホッパーズである彼らの精神的に緊迫した心理が伝わってきました。

戯曲・演出は長谷基弘。
役者の不思議なくらい自然なセリフ回しや表情が、会話を身近なものに感じさせてくれました。
少々荒っぽい展開ですが、見応えはあります。

公演の詳細はこちら

(中野 ザ・ポケットにて)
『三月大歌舞伎』昼の部(3/2-26)
今月も通し狂言の上演です。
『義経千本桜』
この作品には、ちょっと変わった人物が登場します。

序幕「鳥居前」
義経(梅玉)が源頼朝に疎まれ、ついには都落ちすることになりました。
ついていきたいと言う静御前(福助)と弁慶(左團次 )。
泣きを入れて(これが今までに観た弁慶と違うところ!)弁慶は許されますが、一行は女連れでは目立つので静の同行を拒みます。
そして義経が自分の形見として静に渡した鼓の紐で静を木に縛り付け、一行は去っていきます。
その形見の鼓とは、義経が朝廷から贈られた大切なものでした。

さて、そこへ鎌倉方の笹目忠太(亀蔵)が通りかかり、静を捕らえようとしますが、それを助けるのが義経の家臣・佐藤忠信(菊五郎)。
静が心配で物陰から様子を伺っていた義経一行も姿を現わし、その功績として忠信に「源九郎義経」の名前と鎧(よろい)を与え、静の護衛を頼んで、今度こそ本当に去って行くのでした。

この忠信、実は忠信に化けた狐です。
なぜ狐がそこまでして静に同行するのか、という話は夜の部で。
先が知りたい方は、昨年11月の花形歌舞伎で海老蔵が源九郎狐に扮した模様を紹介したのでご覧ください。

『義経千本桜』は有名な物語で、度々その中の物語が単独で上演されています。
個人的には、源九郎狐がどうして静に同行することになったのか関心があったので、これですっきりしました。

義経と弁慶については、様々な役者で多彩な表現がされています。
ここで観た弁慶は、最初はある誤解から義経から手討ちにすると言い渡されていたのですが、全て義経のためにしたのにヒドイ仕打ちだ・・・と泣きじゃくる姿、同行を許されてからの得意げな表情など、茶目っ気たっぷりに描かれています。勇ましい中にも可愛らしさいっぱいの弁慶を初めて観ました。

そして二幕目「渡海屋・大物浦」
壇ノ浦の合戦で滅亡したと思われた平知盛ら。彼らが実は一族で船問屋に身を隠して生き延びていた、という設定で書かれた物語です。
平知盛に松本幸四郎が扮し、源勢を討つのに亡霊に見えるよう、家臣もろとも白装束で、恨みつらみをはらさんとする意気込みで出掛けて行きます。
平知盛が海の上で亡霊となって義経を襲う能の『船弁慶』と重ね合わせながら観ていました。
結局はここでも再び源勢の手により討たれてしまう悲劇を、知盛が岸壁の頂きの上から碇を巻き付けて自害するダイナミックな最期で幕となりました。

残念ながら三幕目「道行初音旅」は観られずに劇場を後にしました。
菊五郎、仁左衛門、芝翫という豪華な顔触れです。

歌舞伎座にて)


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