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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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『開放弦』(7/14-30)
張り詰めていた心の弦を張り直すような作品です。

鳥害が語られる農家の軒先。
披露宴から帰ってきたその家の新婚夫婦、遠山(丸山智己)と妻の恵子(水野美紀)の様子が、ちょっと変。遠慮の塊のような関係です。
東京から漫画の取材に来た夫婦(河原雅彦、犬山イヌコ)、遠山の幼なじみの門田(大倉孝二)、皆が何か本音を言えない、どこかぐずぐずした関係。それでいて皆その関係を保ちながら生活している。それはまるで見えない糸が絡まらないよう緊張して存在しているように見えます。

はっきりしない原因の恵子、演じる水野は彼女の持つ華やかな雰囲気とは裏腹に、状況も場所も居心地の悪い中で生活を始める女性のとまどい、不安、強さ、そういう多くの感情が彼女の佇まいの中に感じられました。
そして遠山と恵子の少しずつ心が通っていく様子が、お定まりのパターンに見えない演出家の手腕が冴えます。小さな出来事もその感情に共感できる舞台でした。

作・倉持 裕、演出・G2、音楽・渡辺香津美。

倉持の書き下ろし作品。今回は30代(位かな?)の幼なじみの男女の関係を、爽やかに、ほろ苦い彼らの思い出とともに見せてくれます。
しかし倉持の作品は、重い現実も私たちの目の前に突き付けてきます。
開放弦とは、「通常左手でさまざまに押さえるフレットを、まったく押さえずに弾くこと。ギターは、この状態で弾いた音でチューニングを行う」(プログラムより)
観客の心に張られた弦がつま弾かれた時、熱いものが込み上げてきました。背景に流れるギターの音色が心に染み渡り、自分自身の心の弦を開放弦にして奏でることの大切さが響きます。

余談ですが、日経夕刊(7/13)の記事で、水野は「最近、所属事務所を離れてフリーになった。テレビの仕事から距離を置き、舞台に重心を移すつもりだという」とありました。そういう決意が伝わるような舞台です。

同世代の友人が観劇後にメールをくれました。「こういう作品って自分にとってたまには必要」。

(パルコ劇場にて)
この後、名古屋、大阪、広島、福岡、新潟、仙台で上演されます。
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七月大歌舞伎・夜の部(7/7-31)
おどろおどろしい世界を、美しい情景の中で人物が美しい言葉で語る―これが泉鏡花の作品から受ける印象です。
今月は坂東玉三郎が一度やってみたかったという『海神別荘』『夜叉ヶ池』『天守物語』の三作品一挙上演、それに『山吹』が加わり四作品が上演されます。

夜の部は『山吹』『天守物語』。
『山吹』は、意地悪な姑たちから逃れるように家出をしてきた女性・子爵夫人の縫子が、その土地で幼い頃より憧れていた男性・島津正(段治郎)や、不思議な老人との出会いで、思いがけない展開を見せる物語です。
縫子を演じるのは笑三郎。死という手段ではなく、縫子の生きながら世間を捨てる覚悟を決める決意の変化、女の情念をしっとりと演じています。
そんな縫子を羨ましいと思う反面、世間を捨てることのできない島津が最後に言うのは「私には仕事がある」。
世間とかけ離れた世界の描かれ方は、想像を絶するものです。
これまで縫子を演じていた玉三郎が、今回監修にまわった作品です。

『天守物語』は鏡花の存命中、とうとう上演されなかったそうです。鏡花は上演を強く望んでいて、もし上演してくれたら上演料を払いたい、とまで言っていたにもかかわらず、願いは叶いませんでした。その理由は「内容が斬新すぎる」からだったと言います。(イヤホンガイドより)

さて、昭和52年から玉三郎の天守夫人・富姫で上演されていますが、歌舞伎座では平成11年に続いてまだ再演。亀姫を春猿、図書之助(ずしょのすけ)に海老蔵での新鮮なキャストとなりました。(筋書より)
時は封建時代。この天守とは、白鷺城(姫路城)の最上階です。魔界の者が住むと言われて100年足を踏み入れる者がいなかったという所で、人間ではない富姫を主として腰元たちも一緒に暮らしています。遊びに来るのも魔界の亀姫が、光となって行き来するような不思議な世界。
妹のような亀姫が去った後、切腹の代わりの罰として、俗世に住む(人間の)図書之助が天守まで上って来ました。彼の颯爽とした姿と物言いに惹かれる富姫。図書之助は生きて階下に戻れるのでしょうか・・・

華美なセットも大袈裟な演出もほとんど無い舞台には、時折、怪しく美しい旋律の音楽が流れるのみです。それでも観客は、人間である図書之助と、姿形は人間のようでも、魔界の住人である富姫が相対する場面で、しっかりその違いを感じることができ、玉三郎の存在とその役割の大きさを感じます。
玉三郎は、今までの歌舞伎の演目では聞いたことのないような「間」と「口調」を持って臨んでいます。
まだ歌舞伎観劇歴の浅い自分が言うのは本当に恐縮なのですが、百聞は一見に如かず。鏡花の世界と相俟った、玉三郎の作るヒロインをその目で観て欲しいと思います。そして歌舞伎座で観る泉鏡花の世界を目に焼き付けることも。

七月大歌舞伎は31日まで。一幕見の席もありますが、連日満員の賑わいです。

(歌舞伎座にて)

☆「山吹」「天守物語」を収録
ちくま日本文学全集(017)
『カール=アンドレアス・コリー ピアノ・リサイタル』(7/27)
全曲バッハのピアノ・リサイタル、その名も「オール・バッハ・プログラム」です。
演奏者はカール=アンドレアス・コリー。
リサイタルのチラシの経歴の中から紹介すると、1965年生まれ。父親がオルガニストというスイスの音楽一家に育ち、数多くのコンクールで入賞を果たした後に、ヨーロッパ以外にも活動の場を広げています。
ヨーロッパでは40枚を超えるCDがリリースされていることから、その才能がうかがえることでしょう。

さて、本日は全曲バッハ作曲の演目です。
バッハと言えばモーツァルト(今年はモーツァルト生誕250年)より前に活躍した作曲家。楽器も現在のピアノの音色とは異なっていたことでしょう。
配布された解説を参照すると、ドイツ・バロック音楽であるバッハの曲を、後世の偉大な音楽家たちが編曲し、ピアノのための楽曲を作ったことに興味を覚えます。そのことがさらに演奏を楽しむ要素になりました。

「エア」BWV1068の第2曲は、フレイによる編曲。この曲はヴァイオリニストのウィルヘルムの手で独奏のために編曲され、「G線上のアリア」と呼ばれることになった有名な曲です。
「幻想曲 ト短調」BWW542はリストによる編曲で、リストらしい絢爛豪華なピアノのための楽曲となっています。
コラール「古き年は過ぎ去り」BWV614は、本日のピアニスト、コリーによる編曲です。
(上記の曲名、編曲者は、配布された解説を参照)
その他にもまだありますが、こうやって並べてみると、バッハの楽曲が、いかに多くの音楽家からも愛され、演奏され続けているのか感慨深いものがあります。

コリーの指で奏でられるバッハのバロックの調べは、滑らかでありながら一つ一つの音を丁寧にしているのが感じられます。
彼は現在、スイスのチューリッヒ音楽院のピアノ科教授でもあります。
演奏とともに作品全てを食い入るように聴いた興味深いプログラムでした。

(津田ホールにて)

☆コリー指揮、演奏による、「バッハ:ピアノ協奏曲第4&5&7番」
コリー/バッハ:ピアノ協奏曲第4&5&7番

☆コリーの最新CD!リスト作品集
コリー/ラ・カンパネッラ~リスト作品集~

『ダンス オブ ヴァンパイア』泉見&大塚
開幕して、アルフレートとサラのWキャストに関心を持ちました。
個性と持ち味の異なる彼らが、どのように威厳溢れるクロロック伯爵(山口祐一郎)の手の内に置かれるのでしょうか。
最初(7/3)に観たのが、浦井健治と大塚ちひろ。
その次は浦井健治と剣持たまきの組み合わせでした。
あとは、『ミス・サイゴン』のトゥイ(親同士が決めたキムの婚約者役)で迫力ある演技と歌で観客を魅了した泉見洋平のアルフレートを、どうしても観たくて・・・。
本日は、少女の好奇心いっぱいのサラを感じさせた大塚ちひろとの組み合わせで観ました。

泉見は期待を裏切らない、いえ、想像以上のアルフレートを演じて見せてくれました。
おっちょこちょいで気弱なアルフレート役を、浦井は彼の持つ優しい雰囲気で「地かな?」という程、純粋で自然な面白さで見せていたのですが、泉見は「彼の作り、演じるアルフレート」により、作品に深みを加えていました。
アルフレートはキャスト中一番初めに登場し、彼の言葉と目線で物語が進行する、いわばストーリーテラーのような存在です。
泉見のクルクル動く目線をたどっていくうちに、観客は迷う事なく物語に引き込まれていきました。

大塚ちひろも、彼女自身の初日から時を経て、怖い物知らずの好奇心、そして恋する気高さに輝きを増していました。
この二人が揃った本日の舞台が、どんなに観客を引き付けて止まないものであったかおわかりでしょうか?

観客を捉えて放さないワケがもう一つあります。
クロロック伯爵邸で、プロフェッサー(市村正親)とともに初めての夜を明かすアルフレート。彼がうなされて見る悪夢がダンスで展開されるのですが、アルフレートの実像、つまり泉見本人はベッドで眠っているまま。しかし泉見アルフレートは、眠りながら十字架を握り締め、何やら身動きしている。そうです、眠りながらうなされる演技をしていたのです。
イヤな観客かもしれませんが、いつも眠っているアルフレートに注目して、オペラグラスでじっと眺めてしまうのです。もしかしたらその演技に気付く観客は少ないかもしれません。こうして泉見の作るアルフレート像から、ますます目が放せなくなっていきました。

☆ここからは少々ネタバレ☆

そうなると、サラに噛まれた後に見せるアルフレートの表情が気になります。今までの気弱な青年から一変する表情を、泉見はどんな風に見せるのか・・・この位にしておきましょう。後は劇場でその変化を見届けてください。

山口、市村の洗練されて熟成された演技と歌声も合わせ、楽しみながら観た充実感があった!と、思っていたら、カーテンコールでは一斉に観客がすっくと立って踊りながら手拍子を打っていました。まるで楽日のような盛り上がり。こんな時、観客の心は一つだと感じます。
終演後、左上に掲載した写真、本日のキャスト(左はサラ・大塚ちひろ、右はアルフレート・泉見洋平)の二人を覚えて帰ろうと、ロビーには撮影する人だかりができていました。

音楽・ジム・スタインマン、脚本・歌詞・ミヒャエル・クンツェ、原作・ロマン・ポランスキー、演出・山田和也

(帝国劇場にて)

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『ブラックコメディ』(6/18-7/23)
『エクウス』『アマデウス』で名高い、ピーター・シェーファー作のコメディです。

ロンドンの若手の彫刻家の住むアパートの一室が舞台。
今夜はこの部屋の住人の青年ブリンズリー(石丸幹二)が、フィアンセの父親と初めて会う日でもあり、彼の作品を大富豪の美術収集家に披露する日でもあります。
その特別な日に、少しでも印象を良くして来客を迎えようと、ブリンズリーとフィアンセのキャロル(坂本里咲)は準備に奮闘中。留守の隣人宅の洒落た家具や美術品を黙って自室のものと“今晩だけ”取り替えたり、とにかく大忙し。あと20分もすればお客が来ようというその時、アパート全体が停電で闇に包まれてしまいます。
しかし来るものは来るし、招かれざる隣人や、別れた恋人までもやってくる。
こうなると、彼ら、というよりブリンズリーが、どうその場をしのぐかが観客にとっては見物です。

たわい無い話を、どう見せるのか。
演出の浅利慶太は、明るい部屋を暗闇で、停電の闇の世界を明るい照明で見せてくれました。
物語の9割が闇での出来事だから、有り難い?
こうなると停電前の(明るい部屋の設定ですが)暗闇での芝居の面白さが際立って思い出されます。頭に「?」を立てながら観客は観ていたのですから。
ただ残念なことに、停電の闇での表情が、かえって大袈裟に見えてしまって・・・照明により自然な演技でもちゃんと見えるのに、と、余計な事を考えてしまいました。

さて、嬉しい登場もありました。四季の舞台を昔から知る観客にとって、一度退団した、別れた恋人クレアを演じる八重沢真美の存在に注目が集まります。(2003年より、四季の舞台に復帰)
外部での数々の出演経験を経て、彼女はなんて演技に膨らみのある、感性と表現力の豊かさを身につけた俳優となったのでしょう。台詞回しも、はっきりした語り口でありながら、彼女が一番自然に「しゃべっている」ように思えて、芝居が面白くなりました。

話は続きます。昔の恋人に翻弄されてヨレヨレになったブリンズリーに、まだ来客が・・・。
舞台の面白さを発揮できる戯曲に、あんなキャストはどうか、こんな演出はどうだろうと思い描きながら観てしまいました。

劇団四季
作・ピーター・シェーファー、訳・倉橋 健、演出・浅利慶太、装置・土屋茂昭、照明・沢田祐二

(劇団四季 自由劇場にて)
『LIVE!METAL MACBETH』(7/18-19)
タイトルが作品名(『メタルマクベス』)ですが、作品を観ていなくても、とても楽しめるライブではないでしょうか?
作品を一度しか観る機会がなく、ライブ中は友人とはぐれたまま、前方の観客に一人埋もれて聴いていた私がこう思うのですから・・・。
もちろん、やはりタイトルからして、作品のリピーターを意識した構成ではあります。

ライブの歌い手は、作品中ランダムスターを演じた内野聖陽と冠 徹弥。
内野は劇中よりも、こんなに歌が上手かったかしら(すみません!)というほど楽しそうに歌いこなし、一方、冠は劇中の持ち歌を上回るレパートリーを得て、その確かなヘビメタウ゛ォイスで、たっぷりと聴かせてくれました。
そして作品の作曲家・岡崎司をはじめ、新感線でお馴染のメンバーによる演奏は、前奏を聞いただけで劇中の場面も蘇る聴衆(=観客)の期待に応えるものです。
極めつけは、内野=ミュージカル=ウィーン発の、あの作品!のまさかの披露と、ヘビメタとのコラボレーション!
意表をついたり、聴衆の潜在的な期待に応えたり、そして内野と冠の掛け合いトーク(MCと言うのでしょうけど)満載のステージ。それは大人ための、見事に演出されたライブでした。
ここに新感線の、観客を見据えた作品づくりの要素が凝縮されているように思います。

さらに観客を盛り上げるため、ステージ上であらゆるサービスをしてくれる彼らはまさにエンターテイナー。
場内の空気を読みながら、というところなど、「ああ、こういうところが内野は俳優かな」と思わせます。
客席を含めた周囲との関係に気を配っている姿は、筋書きのある芝居ではなかなか観られないところです。
これが来年大河ドラマの主役を演る器なんだ、と、そんなところに感心してしまいます。
アンコールの演出も、客層をよく捉えていて楽しませてくれます。ライブというより、ショーかな?
観客は作品の余韻そのままにステージも堪能できる。これからも作品と連動したライブの企画を楽しみにしています。

<出演>内野聖陽(vocal) 冠 徹弥(vocal)
・Metal Macbeth Group
岡崎 司(guitars) 高井 寿 (guitars) 前田JIMMY久史(bass)岡部 亘(drums) 松田信男(keyboards) 松崎雄一(keyboards)

(SHIBUYA-AXにて)
1000番以上の整理番号もありましたが、2階席もあり、どこからでも見易そうな素敵なライブ会場です。

『妙音鳥―カラビンカ―』(7/13-17)
帝がいて、都があって、あの世とこの世がそう遠くはなかった時…という頃のお話。
乞食坊主(本田豊)が供え物を盗んで、村人から手を縛られ放置されています。
そこに野犬のように四つん這いになって、今にも噛みつかんばかりの狂った男が現れ、坊主から横笛を奪い取ります。その男・山吹(中島定吉)が笛を吹こうとするのを坊主が必死になって止めているところに一人の子供(長島博美)が飛び出し、山吹から笛を取りあげたのですが、一体何が起こるというのでしょう。
坊主が笛にまつわる話を始めると、舞台の前方で、その物語が同時に演じられていきます。

この作品は、プロデュースユニット「大海ノ蛙」のオリジナルだそうですが、その構成の素晴らしさに感銘を受けました。
観客の目の前に置かれた紐を、結び目を解きながらどんどん辿っていくような面白さがあります。

物語に戻りましょう。
さて、その笛の持つ力とは、聴く者を狂わせ、吹く者を死にいたらしめるのだと言います。
子供が坊主に尋ねます。だったら、狂った者に聞かせたら、正気に戻るのかと。犬のような姿をした男は、実は自分の父親なのだ…と。

辿りながら更に奥深く導かれたその先には、「ああ、ここに出てくるのか」という場面もあり、まだその先を辿っていくと、最初の三人が後に揃って同じ場所に存在する確かな理由もあるのです。物語の展開にただただ感心させられます。
作者の言う「お伽噺」であるから人物設定も、人のつく嘘を必ず見破る女、命を懸けて不思議な音色と力を持つ笛を作る職人・・・など神秘的な要素がなんと興味深いことでしょう。
そして物語の糸を紡ぐ俳優が、きっちりと人物の特徴を表現していきます。
この作品にはセットがありません。黒の背景に朱のラインが何本かひかれ、それが屋敷の中であるのか、戸外であるのか、登場人物の語る言葉が観る者の想像力を自然に掻き立てていくのです。
意表をつきながらも、観る者にその結末を委ねる美しい幕引きでした。

作・演出・佐藤宇多利

プロデュースユニット「大海ノ蛙」による公演は、今回で9回を数えるのだそうです。
オリジナルで、しかも2時間という枠でありながら、観客を異次元の世界に導く作品。
劇場は地下二階にあります。「ネーム」に頼らない作品が、地中から掘り起こしてくれ!見つけてくれ!と叫んでいるようなチカラ強さが感じられます。

(萬スタジオにて)

『あわれ彼女は娼婦』(7/6-30)
作・ジョン・フォード。
その名前から、近年は同名の映画監督を思い浮かべられるかもしれませんが、16世紀の、ちょうどシェイクスピアと同時代の作家です。
作品の舞台は、中世のイタリア、パルマ地方。
そして『ロミオとジュリエット』を彷彿とさせるその時代背景。
しかしその作品は、ある良家の兄妹の近親相姦がもたらす悲劇の物語です。
プログラムを読むと、上演記録からのその兄妹の歴代の配役が目を引きます。特に妹役の俳優は、その俳優の名前が情熱の代名詞のような方々。

今回は、兄(ジョヴァンニ)に三上博史、妹(アナベラ)に深津絵里が配されています。
近年の三上の舞台では、ようやく「青年」の役に観客として巡り会えた気分です。しかし物言わぬ佇まい、穏やかな台詞回しでいながら、彼は感情そのものに見えます。
大勢のキャストと舞台にいても、三上の存在は常に観客を引きつけます。「感情」の化身のような、三上の存在。舞台の上で見え隠れする彼の姿は、まるで妹への目に見える愛情の軌跡のようでした。

一幕が終わり、休憩時間にプログラムを読み進めると、物語の最後の衝撃の場面、兄妹の決着のシンボルが、その表現の難しさから過去には原作と変更されることもあったそうです。
果たして、この蜷川演出作品の辿る結末では・・・?

道化役(ドナードの甥バーゲット・高橋洋)のような存在もあり、この時代の舞台作品の様式というものを感じますが、この作品のテーマを『ロミオとジュリエット』のような日常的な衣装とセットで観る後味というものは、なんとも・・・。
快楽、復讐、そして絶望、快楽、復讐、そして絶望を人々は日常的に繰り返し、最後に大きな復讐の箱がまだ外側にあったような感じでした。
同時代、背景があっても、この作品はシェイクスピア作品のようなポピュラーなテーマになり得ない、理解の難しさを感じました。

作・ジョン・フォード、翻訳・小田島雄志、演出・蜷川幸雄、美術・中越 司、照明・原田 保、衣裳・前田文子

(シアター・コクーンにて)

☆「エリザベス朝演劇集(5)」筑摩書房 に収録

☆「夜の姉妹団」朝日新聞社 に収録の内容は、もし、西部劇映画監督のジョン・フォードが『あわれ彼女は娼婦』を映画にしたら・・・という設定で、イギリスの女性作家アンジェラ・カーターが発表した短編作品を収録。
現代でも納得の行く兄妹の関係となっています。
夜の姉妹団
『ダンス オブ ヴァンパイア』(7/2-8/27)
ウィーンミュージカルは、日本ではブロードウエイやウエストエンドの作品に並ぶほどメジャーになったと言っても過言ではないでしょう。
ウィーン発としては『エリザベート』『モーツァルト!』に次いで東京で開幕した作品です。
前二作品と同様に、ウィーン版CDを聴いて劇場を訪れる日を楽しみにしていました。その序曲の持つドラマチックで壮大な音楽に魅せられていたのです。

劇場に入ると、ロビーにはコウモリが飛び、開演前だというのに青白い照明がチラチラと客席を照らしています。ヴァンパイアに会う心の準備ができたところで開演。
まるで自分が大きなスクリーンのある映画館にいるような気分でした。それだけ舞台上の世界にリアリティがあるってことです。
ヴァンパイアであるクロロック伯爵に扮するのは山口祐一郎。
今日でまだ二日目?とは思えないほど、伯爵の持つ威厳と存在感たっぷりに、その心情を歌い上げていました。どの場面でも、もの凄く説得力のある歌唱には鳥肌が立つほどです。
一幕のフィナーレでは、既に観客を充分に満足させ、終演したかのような喝采を浴びていました。

そして役の上でも相対するのが、(たぶん)ヴァンパイアの研究に人生を賭けているプロフェッサーの市村正親。心情を豊かに表現する見事な歌唱に加えて、劇場内の空気をしっかり把握して作り出す、彼独特の「間」。
この二人がクロロック伯爵の館へと、どんどん観客を誘います。

今日が初日という役そのままに初々しい浦井健治(助手のアルフレート)と大塚ちひろ(サラ)。
大塚ちひろは、いつの間に歌とその存在が舞台映えのする俳優になったのでしょう。何事をも恐れぬ「少女の好奇心」の塊のような彼女から目が離せませんでした。
アンサンブルの感情を盛り上げる歌と踊りにも、自然に体が動いてしまいます。
1997年10月にウィーンで幕を開けたこの作品、日本版の勢揃いしたキャストを見ると、満を持してという気がしてなりません。

さて、もう一度音楽の話に戻ると、この曲は聴いたことがある!というその曲は・・・映画音楽の『ストリート・オブ・ファイヤー』のテーマ曲が、そのまま挿入歌として使われています。いったいどんな場面で?
ロックでありながら、深く心に響くその旋律。
このミュージカルの作曲はジム・スタインマン。映画と同じ作曲者です。

終わりを感じさせない物語。気付いたらヴァンパイアに囲まれてカーテンコールに突入していたという不思議な体験をしました。
メインキャストがほとんど客席から舞台へ出入りするので、一階席は舞台との一体感を味わえます。

音楽・ジム・スタインマン、脚本・歌詞・ミヒャエル・クンツェ、原作・ロマン・ポランスキー、演出・山田和也

詳細は、東宝のサイトで。
(帝国劇場にて)

☆~ダンス・オブ・ヴァンパイア~ ウィーン・キャスト 完全版(輸入2枚組CD)
TANZ DER VAMPIRE ~ダンス・オブ・ヴァンパイア~ ウィーン・キャスト 完全版(輸入2枚組CD)

☆~ダンス・オブ・ヴァンパイア~ ウィーン・キャスト ハイライト版(輸入CD)
TANZ DER VAMPIRE ~ダンス・オブ・ヴァンパイア~ ウィーン・キャスト ハイライト版(輸入CD)

『アンデルセン・プロジェクト』白井版プレビュー
このタイトルがまさに、この作品です。
世田谷パブリックシアターのサイトのイントロダクションによると、「アンデルセン生誕200年を記念して、アンデルセンを生んだデンマークの『ハンス・クリスチャン・アンデルセン2005』から、ロベール・ルパージュが制作を委嘱された一人芝居」ということです。
本日は日本版、出演・白井晃のバージョンの初お披露目です。作・演出・出演がロベール・ルパージュのバージョンは、6月23-30日に既に上演されました。
この白井版の演出もロベール・ルパージュ。
ルパージュ出演の舞台も観た知人によると、演じ手だけが日本人による日本語バージョンのようです。

物語は、パリのオペラ座で上演される新作について。
企画の提案者のフランス、パリのオペラ座のディレクターが、様々な劇場の目論みから、数カ国を巻き込んだ企画のプロジェクトを立ち上げます。
その一つの案として、同時期に上演されるオペラと時代・背景が似ているから制作費が節約できると、そんな理由で選ばれたのがアンデルセンのある小説です。
少ない予算で海外から作詞家を招聘するなど、タイトルどおりのアンデルセン・プロジェクトが始動しました。

フランス人の演出家によるその手法は、映像と音楽、そして人物が加わり、実に美しく斬新な情景が舞台の上に登場します。
スクリーンが舞台にもなり、その中に人物が入る様は、立体的な映像、3Dのような錯覚を起こし、観ていてワクワクします。
それが登場人物の心理と相俟って、観客の感情も高ぶります。

プロジェクトに係わる人々の思惑、人物の日常が、ある意味目を覆いたくなる現実の醜さまでも描写されています。アンデルセンの人物像も同様に。

主な登場人物は、カナダ・ケベック出身の作詞家とパリ・オペラ座のディレクターとパリに住むモロッコ系の青年。全て白井晃が一人で演じています。
登場人物の概観も意味のあるもの。そして舞台を細部まで気をつけて観てください。観客の想像力が役に立ちます。

世田谷パブリックシアター芸術監督・野村萬斎がプログラムの挨拶でこう述べています。「演劇の力というものを考える時、それは創り手と観客の相互作用によって成立するイマジネーションの中にある」のだと。
観客も受け身ばかりではいられません。創り手と共に考え、作品を理解することも観客の作業の楽しみの一つになることを期待します。

作・演出・ロベール・ルパージュ、翻訳・松岡和子、出演・白井 晃

この公演の詳細は、こちら

(世田谷パブリックシアターにて)7月8日まで。
その後、兵庫、高知、山口で上演されます。


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