FC2ブログ
カテゴリ

最新記事

QRコード

QR

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

プロフィール

kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
『吉原』(6/25-28)
知人に誘われて、ルテアトル銀座へ。
そこでは創作舞踏劇場公演『吉原』が行われていました。
普段、歌舞伎で踊りはよく観るものの、全編通して踊り、しかもストーリー性のある創作舞踏というのは初めてです。

簡単にストーリーを紹介すると、田舎娘・おたねが、優しく手を引く男に連れられて吉原の遊郭にやってきます。着いた途端に、男の形相は厳しくなり、おたねは不安と恐怖にかられます。(このおたねの抱く恐怖も、踊りの演出により表現されています。)
やがて花魁(おいらん)の登場。そこに居合わせたおたねは、我を忘れて花魁に見とれてしまいます。

場面は変わり、おたねが禿(かむろ)となって働いています。
ここに登場する吉原の世界は、足抜けあり、女同士の妬みあり、更には陥れる者ありと、厳しい生き残りをかけた世界です。
そして身請けされていく者もある。
そんな世界で、おたねはどうやって生きて行くのでしょうか。

終盤、おたねはついに花魁となって、優雅に街を練り歩いています。
まるで強い憧れと信念が、そうさせたかのような花魁の顔。
それを祝うように、群舞で踊りが賑やかに披露されるのですが、ここにもまたドラマがあります。

皆が去った静寂の中、またどこかの田舎娘が男に連れられてやってきます。恐れおののく少女ですが、花魁となったおたねを見つめ、彼女もまた呆然と立ちつくすのでした。


登場する踊り手たちは、一言もしゃべりません。
浄瑠璃にのせて、手の動きが、首の角度が、その表情が踊りと相俟って物語を成立させているのです。
音楽は、三味線の他に、アフリカン太鼓が鳴り響きます。
そのリズムは、早かったりゆっくりだったりを繰り返して、まるで人間の感情の起伏を表しているように感じました。

創作舞踏といっても、決して奇抜ではありません。
プログラムの挨拶文にある「古典も最初は創作」の言葉が印象に残る、丁寧に作られた作品です。
吉原のほんの一場面を踊りとともに垣間見たような、不思議な体験をしました。

原作・目代 清、演出`・花柳芳次郎、振付・花柳輔太郎

(ルテアトル銀座にて)

☆目代 清の舞踏作品に関する書籍をご紹介。
近世歌舞伎舞踊作品近世歌舞伎舞踊作品(恋多き娘たち)近代舞踊作品
スポンサーサイト



『OUR HOUSE』ネタバレ有
初日に作品の全貌を見せてもらいました。
さて、そうしたら、あとはもっと楽しみたい!という本音の願望の下、リピーターとなって一人劇場を訪れてみると・・・

どうしたことでしょう。
今日は舞台の上のセリフが、歌が、全部体に入ってきます。
これは「耳馴れた」ということとは異なるのですが、そういえばT.P.T.の『皆につたえよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』を、あっけにとられて観ていた途中、急にピンときた、あんな感じです。(厳密にはシチュエーションが違いますが)

二人のジョー。正しい道を選択したジョーと、悪いジョー。
彼らがそれぞれ大切に守りたいものが、最初から明確に見えてきました。
前者は悪意のない不法侵入から警察に見つかった際、素直に罪を認めて捕まり、少年院に送られ、世間の荒波に揉まれながらも、再開発のために地上げが行われている我が家を守り抜く運命を生きて行きます。

後者のジョー、逃げ切ったジョーは、罪悪感に苛まれながらも、汚いことに手を染めることに慣れ、その手にした大金で、妻や友人そして母親という愛する人々を守ることに邁進していくのです。

どちらのジョーも大切なものを守りたいという想いには変わりはない。

これはジョーの人生の物語。
今日のジョーは、その存在が際立っていました。
どちらも同じジョー。恋人を愛するのも、母親を大切にするのも、父親を恋しがるのも、親友を思いやるのも、悲嘆にくれるのも。
ジョーを演じるのは中川晃教。いえ、彼らしい表現で、彼がジョーとなって舞台にいました。

観客としては、必死に選んだ人生を歩むどちらのジョーにも、エールを贈りたくなります。
そして彼の守りたかったものに対しても。
恋人のサラ。彼女はどちらのジョーに対しても、16歳になる前から彼女の愛するジョーであるという想いを、強い説得力を持って示しています。
サラを演じるのは池田有希子。中川と同様に魅力ある歌唱に加えて、物言う瞳に感情をのせて語る姿に、ジョーの愛し守りたいものの本質が見えてきました。

ジョーの家に住む親友のルイス(新納慎也)とエモ(坂元健児)のキャラクターも、どちらのジョーに対しても変わらぬ友情が見えています。
本音を彼にぶつけるルイス。そして、まるで信じたくない現実に目をつぶるかのようなエモのおとぼけぶりに胸が締め付けられるようです。

そして最後に、決定的な大きな分かれ目が。
逃げ切り成功したジョーが地上げの手段として我が家を壊し、迎える結末は、母親の死、妻との別れ。それは自分の子孫を断絶することを意味するのではないでしょうか。
「OUR HOUSE」。ジョーの、そして父親の魂の象徴となる物語。
ジョーに二つの人生を歩ませる父親の行いは、ついに我が家に戻れなかった想いとともに、自分の言葉で息子に行いを悟らせることのできなかった代わりのように映るのです。

ライブの醍醐味のひとつに、後藤ひろひと演じる、ミスター・プレスマンのセリフがあります。挨拶の一言一言が、プレビューとも初日とも違う。そして毎回面白い。プレスマンのイメージはそのままに保って。
その他にもライブネタが良いスパイスとなって場面を盛り上げています。
受けて応える俳優の反応も楽しみですが、スピーディーな芝居のテンポに加え、登場人物の感情の「間」が、いつの間にか舞台を筋書き以上のものにしていました。
一人ひとりが、魅力的。最後のつもりで思い切り書きます。
ビリーとアンジー役の入絵加奈子と瀬戸カトリーヌ、そのふてぶてしい振る舞いがサラの友人として面白い存在です。
リーシーは良いジョーにもちょっかいを出して憎むべき存在なのに、観るたびに愛おしいキャラクターになっています。本当は寂しがり屋なのかな、リーシーは。(池田成志)
母親キャスの下町のお母さんぶりに、いつ観てもジョーへの愛情を感じます。(香寿たつき)
それから・・・

終盤の「The Sun and the Rain」の場面は、希望に向かうジョーと、タイムリミットが迫り緊迫するジョーが、一つの歌の中で表現されています。この対極がますます極まって、忘れられない場面の一つとなりました。

様々な想いに導かれ、カーテンコールはスタンディングで手拍子打って、学生服ではじける彼らといっしょに盛り上がって、気持ち良く劇場を後に。
劇場から離れるのが名残惜しかったけれど。

(新国立劇場 中劇場にて)
『俺たちは志士じゃない』(6/15-7/2)
キャラメルボックスの時代物の芝居は、『TRUTH』の初演を見て以来、何年ぶりのことでしょうか。
人気絶頂の上川隆也の出演、音楽をガンガン背景に流しての立ち回り、そしてお決まりのようにコントが劇中の随所に見られて、演じる側が客席とのキャッチボールのような状況に、アドリブなのか台本どおりだったのか、とにかく勢いと熱気があったことが思い出されます。

さて、今回の作品は、リメイクなのだそうです。
再演ですが、キャラメルボックスには珍しく、演出を外部のマキノノゾミ(劇団M.O.P.主宰)が担当し、メインキャストに浅野雅博(文学座)、大塚仁志(青年座)、武田浩二(アクションクラブ)が配されて、それだけでもこの劇団の通常の公演とはかなり趣が違ったものを感じます。

その物語は、幕末の京都が舞台。新選組に追われる坂本竜馬と中岡慎太郎を、商家の者が匿ったことから始まります。実は二人とも単なる人違いなのですが、当の本人たちも新選組から逃げ出したのですから、匿ってもらうに越したことはありません。
聞き耳を立てて尻尾を掴んでお金で口止めを迫る者あり、ある目論みからそうだと裏付けに協力する者あり、純粋に彼らを坂本、中岡と信じて慕う者あり・・・

コメディの要素たっぷりですが、人間関係、時代背景に登場人物が翻弄されていく面白さがあります。間違えられる二人が、浅野雅弘と、細見大輔という、人が良さそうで二枚目半をばっちり演じられる俳優であるところも、なかなかのキャスティングです。

しばらく観ない間に、劇団の層も厚くなったようです。
嫌みのないおばさんキャラを堂々と演じる坂口理恵をはじめ、その登場で場が引き締まる西川浩幸、凜とした明るい口調で元気の良い利発な藩主の娘・美咲を演じる實川貴美子、美咲に見下されながらも実直に彼女を愛する幼なじみの清之助の左東広之、おとぼけの口調が下働きの娘の逞しさとして感じられる渡邊安理、この物語の重要なカギを握るかえでに京言葉も艶やかな温井摩耶・・・など、劇団の人気もさることながら、それ以上に力を持った俳優が揃っているという印象を受けました。
こういう人物の内面に重点が置かれた作品で、もっと彼らの活躍を観てみたいと思います。

「幕府を倒すことだけが、日本を救うことではない。」
黒船来航から13年目の日本。鎖国が長かっただけあり、異国に対しての恐怖も並大抵ではなかったことでしょう。そのためには異国のことを理解すること、という若い登場人物のものの見方、学習意欲が爽やかに感じられました。

ハラハラ、ワクワクが自然に体験できる作品に、2時間があっという間。人物が丁寧に描かれているのが魅力です。

脚本・成井 豊+真柴あずき、演出・マキノノゾミ、美術・松井るみ、殺陣・佐藤雅樹

(サンシャイン劇場にて)
公演の詳細はこちら

『オトコとおとこ』(6/17-7/2)
作・川村 毅。昭和という時代に生きた二人の男について描いた作品です。
一人は世の中を変えたいという思想を持ち、人との出会いによって運命に翻弄されながら革命家となっていく男。
もう一人は半官半民の航空会社の一サラリーマンとして、強い意志を表示することなく会社の中で生きて行く男。後者の男は、作者の父親がモデルなのだといいます。
舞台は、1960~80年代を中心に描かれています。

昭和の時代とは、戦中、そして戦後があり、戦後数十年を経て生まれた自分には想像を絶するほど、日本は自ら大きく変わろうとしていたのだと、劇中に登場する事件で思い知りました。
作者(1959年生まれ)は、そんな激動の時代の中で(劇中の男は)穏便に生きる父親を間近に見ながら、対照的なもう一人の男の人生に想いを馳せて描いたのではないかと考えさせられます。
しかし、一見、交わることのない二人の男にも、共通点が見出されます。
自分の考えを他人からどう思われても気にしない、ということ。 
結局は一番強い人間として描かれているのではないでしょうか。
革命家の男も、サラリーマンの男も、その強さは孤立を意味するのではなく、結果的に最も愛すべき人物となって、人々の心に刻まれています。

この作品の演出家(高橋正徳・1978年生まれ)は20代。どちらの人物に対しても実体験という偏見がなかったことが、この作品を「昭和の男」の象徴的な生き方としてすっきりと描いたように見えました。
それぞれ革命家とサラリーマンの男を演じた、岡本正巳(チラシ画像・左)と小林勝也(チラシ・右)。
彼らが長年演劇界で生きてきた役者としてのものの見方という力が、激動の昭和の後半しか自分の目で見ていない私たちへメッセージを送っているようにも映ります。
(岡本正巳はその風貌から、革命家として熱く想いを語ってる姿に、どこかロマンを感じさせます。一方、小林勝也は、世間の流れに逆らわない人物を、ひょうひょうと生きているという説得力を持って見せています)

こんなにさらっと言ってしまいましたが、世代によって、そして昭和の出来事を知る、知らないによっても、受ける印象が違うことでしょう。
最後の場面、二人の男がカウンターで隣り合わせになりながら語るところ。同じ時代を生きた男が共通の感情を持ち、二つの人生が一緒に着地したような安堵感を覚えました。

文学座アトリエ内に回り舞台を据えての目まぐるしい場面転換。
ただし、その場面ごとに起承転結があり、オムニバス作品の集結のような展開に面白さが倍増しています。
2時間40分(途中休憩10分)という時間に身を置き、タイムマシンに乗ってその時代を垣間見たような舞台作品の楽しさを存分に味わいました。

作・川村 毅、演出・高橋正徳、美術・乗峯雅寛、照明・金 英秀

(文学座アトリエにて)公演詳細はこちら

チラシ画像について、文学座に掲載の許可をいただいております。無断で転載はなさらないでください。
『OUR HOUSE』(6/16-7/2)
いよいよ初日。
実はプレビューで、かなり出来上がっていた作品です。
マッドネスの楽曲を聴き込んで観る、ということをしました。作・ティム・ファースの作品だけでも興味深いストーリーです。

ロンドンの下町に住むジョー(中川晃教)は、16才の誕生日に恋人のサラ(池田有希子)と特別なデートをしようとカムデン運河の眺めの良い工事現場に出かけます。入れば不法侵入。意を決した彼は、柵を破りサラを招き入れるのですが、そこへ警察が!
犯罪を犯し、後悔した父親の亡霊(今井清隆)が、そんなジョーに2つの生き方を歩ませます。
素直に警察に捕まったジョーと、逃げ延びたジョー。
彼の5年余りの生き方が綴られます。
この対極の選択が、彼の人生にどんな影響をもたらすのでしょうか?

ジョーの人生が、同時に2パターン交互に披露されていく。これぞ舞台の醍醐味!
捕まったジョーは、周囲の人々からも厳しい仕打ちを受け、一方逃げ延びたジョーは、世を渡るための汚いやり方にも目をつぶることができる人間へと変貌を遂げ・・・。

ストーリーはこれくらいにして、見所を。
ジョーの周囲の人々の接し方が興味深いです。
演出は、ミュージカル初演出のG2。芝居の部分で魅せてくれます。
二人の、いえ、2パターンのジョーに対して、家族や親友の接し方が「微妙」に違うのが、リアリティがあっていいですね。

それからサラ。
どちらのジョーに対しても注がれる愛情に説得力を感じます。
想いを語るサラを演じる池田有希子のその秀でた歌唱は、聴くものの度肝を抜かれるくらいに切なさ、真剣さを歌い上げます。

ワルのリーシーも、どちらのジョーにもアプローチしてきます。でも憎めない、というか、その登場が楽しみでならないのは、16才から演じる池田成志の思い切りの良さと存在感でしょうか。
ジョーが彼を受け入れるか、拒否するかで、運命は大きく変わっていく。そんな重要な役所ですが、あっという間に観客を虜にしていきます。

そしてなんと言ってもジョーの二役。あんなに早く変わるのに、前の顔を引きずらない中川の芝居心に魅力を感じます。
ジョーとサラの心が通い合ったと感じる場面、「IT MUST BE LOVE」の歌にのせて。観客の心まで通ったような感動。もう一歩踏み込んで観たい方には、やはりマッドネスの楽曲を聴いてから観ることをオススメします。

プレビュー公演時より、メインキャストもアンサンブルも、遥かに表情豊かにメリハリのある舞台になりました。
更に伸び伸びと演じられた時、筋書き以上のドラマが生まれそうな作品です。
その変化を楽しみに、終演後のロビーではリピーター割り引きチケットの販売に、観客が鈴なりになっていました。

作・ティム・ファース、音楽・マッドネス、演出・翻訳・G2

(新国立劇場 中劇場にて)

プレビュー公演の時に紹介した、
◆出演者による公式ブログ「アワ・ブログ
◆出演者のミュージカル俳優 小西のりゆき によるブログ「One Voice
まだまだ更新されています。


☆このミュージカルの元となる楽曲、マッドネスの「OUR HOUSE」の曲を収録。
(劇場でも、このCDとは異なりますが、マッドネスの「OUR HOUSE」CDを販売しています。)
【Rock/Pops:マ】マッドネスMadness / Millennium Collection (CD) (Aポイント付)
『MICHAEL NYMAN BAND』(6/9-11)
『MICHAEL NYMAN BAND CONCERT 2006 with 中川晃教』

映画『ピアノ・レッスン』、新作の映画『リバティーン』(6/9)の楽曲をはじめ、音楽を聴いただけで情景が浮かぶ、美しく魅力的な旋律の調べ。
その作曲家がマイケル・ナイマン。そして彼が率いるマイケル・ナイマン・バンドが演奏します。
サックスとトランペット、そしてピアノの音色が印象的な音楽です。
マイケル・ナイマン自らがピアノを演奏して作り出すそのリズムは、まるで心臓の鼓動や時を刻む音のように聞こえ、微妙な音階の中にいてもそのリズムに懐かしさを覚えてきます。

東京公演の曲目等詳細は、ホリプロのホームページで。

演劇と話を絡めると、蜷川幸雄演出、中川晃教主演で公演が予定されている舞台『エレンディラ』(作・ガルシア・マルケス)の主題歌(作詞・坂手洋二)を、マイケル・ナイマンが作曲しました。
今回のコンサートでは、彼が世に送り出した名曲の数々と、世界初公開!と言われる『エレンディラ』の楽曲「ウリセス・ソング」の披露に注目です。

中川晃教の歌うその歌詞は、ウリセスという少年がエレンディラという少女への想いを綴った、その中にウリセスの悲しい人生が語られるような歌です。
その想いを受け取るべく客席で耳を澄まします。
彼が「エレンディラ!」と声を張り上げて歌い上げた後、10秒以上の長い沈黙が場内を包みました。彼が歌い終わった合図のように微笑んで、観客が我に返って拍手。
中川晃教の美しい声で語られる切ない歌詞に、観客全員が想いを巡らせて別世界にいたような感覚でした。曲が終わったのはわかっているのに、体が動かない。歌で別世界へ誘う彼の表現力、そしてマイケル・ナイマンの楽曲の持つ不思議な感動と余韻を、観客全員が味わいました。

(メルパルクホールにて)

※「ピアノ・レッスン」「ウリセス・ソング」はそのまま、他は別プログラムで6/11日本青年館でもう一回公演が行われます。

☆「ピアノ・レッスン」「ひかりのまち」他、映画音楽のCD
フィルム・ミュージック~ベスト・オブ・マイケル・ナイマン
フィルム・ミュージック~ベスト・オブ・マイケル・ナイマン

☆作・ガルシア・マルケス「エレンディラ」筑摩書房

『OUR HOUSE』プレビュー(6/7)
5月から稽古を開始したミュージカル『OUR HOUSE』、いよいよその姿が明らかにされました。

ロンドンのハイスクールに通うジョー(中川晃教)、恋人のサラ(池田有希子)、ちょっとワルのリーシー(池田成志)。彼らはみんな16歳!
驚くなかれ、俳優の彼らは自身の持ち味を舞台の上で惜しみ無く披露して、役ぴったりの16歳として観客の前に登場します。
そして「マッドネスの曲を中川晃教が?」
ミュージカルの舞台で新たな彼の役作りが観られます。
俳優という仕事は、表現力あってできるのだ、と、本日の出演者全員を観てつくづく思いました。
逆に出演者のみなさんに、プレビュー公演を行ってみた気持ちを伺いたいですね。

サックスの音色に乗せて綴られるジョーの人生。軽快な生バンドの演奏を堪能してください。
初日まであと9日。もっともっと作り込んだ舞台が観られるのを楽しみにしています。

作・ティム・ファース、音楽・マッドネス、演出・翻訳・G2

(ハーモニーホール座間にて)

※東京公演は、6/16から新国立劇場 中劇場で行われます。

            ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~

実はこの舞台、きっと今日の観客は、あの場面はどうなったか、犬はどこに出るのか、と、いう思いを巡らせていた人がほとんどだったのではないかと思います。
それは、この作品に携わる人々が、舞台の裏側をリアルタイムに発信してきたからです。
一部を紹介すると、
◆『OUR HOUSE』の演出家・G2による「OUR HOUSE稽古場日誌
◆出演者による公式ブログ「アワ・ブログ
◆出演者のミュージカル俳優 小西のりゆき によるブログ「One Voice

個人的には、この3つのサイトを日々チェックしては、作品の出来上がる様子を思い描いてきました。
(せっかくですから、今日からしばらく左の「お気に入り一覧」=よく行くページに掲載します)

本日はプレビュー公演。
これは欧米では一般的に取り入れられているシステムで、公演前に試験的に上演することを言います。今回のように、劇場も本公演とは異なる場所で上演することもあります。
プレビューの出来により、なにかしらの変更が行われることもあるそうで、全ては初日に完成した状態で作品を披露することを目的に行われるのです。
日本ではプレビューから本公演まで期間を置くことが珍しく、プロジェクト全体がこの作品にかける意気込みを、スケジュールを知った時点から感じられました。
そしてこの作品は、初日前にゲネプロ(本番どおりに行われる総稽古)も、抽選等で選ばれた一般の観客を招いて行うそうです。
ものすごい意気込みを感じませんか?
作品については、次週の初日を観てからその感動を。
観劇好きには、こういう意気込みがとても嬉しく感じられます。

☆このミュージカルの元となる楽曲、マッドネスの「OUR HOUSE」の曲を収録
【Rock/Pops:マ】マッドネスMadness / Millennium Collection (CD) (Aポイント付)

六月大歌舞伎(6/2-26)
昼の部の演目は『君が代松竹梅』『双蝶々曲輪日記』『藤戸』『荒川の佐吉』。
上方歌舞伎の魅力漂う作品から始まります。

簡単に述べると、『君が代松竹梅』は踊りの作品です。
三人の踊り手は、上方の次世代を担うとイヤホンガイドでも紹介されている翫雀、愛之助、孝太郎という若手花形役者の登場です。
いつかは上方(京都、大阪)でも歌舞伎を観てみたいと思います。

『双蝶々曲輪日記』は大阪が舞台。
上方独特のキャラクターが登場します。
以前「歌舞伎、夢の担い手たち」というトークイベントを聞きに行った時に知ったのですが、上方の歌舞伎には「つっころばし」と言われる、どことなく力のない、やさ男がよく登場するそうです。
江戸の歌舞伎では荒々しく勇ましいのがヒーローとして存在するのだそうですが、この作品では染五郎(上方歌舞伎役者ではありませんが)が、つっころばしの与五郎と、力士の放駒長吉という対称的な役を二役早変わりで演じているのが、見所の一つとなっています。

春の紫綬褒章を受章した仁左衛門の当たり役と言われる『荒川の佐吉』(イヤホンガイド耳で観る歌舞伎より)は、染五郎演じる佐吉の友人・大工辰五郎との息の合った芝居が、心温まる面白味のある芝居です。(江戸が舞台)
これまで仁左衛門の芝居は、「道明寺」の菅丞相(三月大歌舞伎より)のように凜として毅然とした役を多く観ていたので、優しく子煩悩な佐吉役に、役者としての芸の深さを見せてもらいました。
盲目の赤ん坊・卯之吉をあやす表情、手下を持つ身分となってからも、堂々とした中で成長した卯之吉と接する時の愛情深い表現は、それを見ただけでも目頭が熱くなります。
卯之吉を演じる子役(堀川裕生)の芸達者ぶりも感動を大きくしています。

この作品は、作・真山青果、演出・真山美保(真山青果の娘で、今年の三月に亡くなりました。筋書きにも、いい追善公演になった作品と書かれていました。名作です)

『藤戸』は残念ながら所用があり、観られませんでした。

(歌舞伎座にて)
『ミー&マイガール』(6/2-6/26)
                    ミー & マイ・ガール オリジナル・ブロードウェイ・キャスト(輸入CD)

十数年前にロンドンで初めて見た、黄色の丸の中に赤い字で書かれた『ME AND MY GIRL』の看板。いつかは観ようと思っていて観られなかった作品に、今日、ようやく日本のキャストで出会いました。


その舞台とは、階級を重んじる伯爵家に、先代の当主の遺言によりロンドンの下町で育った青年が、いきなりその血筋から跡取りとして連れて来られたことから始まります。ただし遺言執行人が認めなければ、彼はその家の財産を手に入れることはできません・・・という経緯に、歌と踊りのパーッとしたミュージカルだろうと思っていたら、意外や意外!
上辺だけではわからない上流階級の人々。その世界に暮らす彼らなりの苦労と代々続く血筋と血縁への愛情があるのが見えてきます。それぞれの人々の生き方に触れられる作品でした。

マリア公爵婦人(涼風真世)は、ただ一人の跡取りとして連れてこられた甥のビリー(井上芳雄)が、遺言により由緒正しいヘアフォード伯爵家にふさわしい人物かどうか、ジョン卿(村井国夫)とともに見極める立場にあります。
彼女はビリーに、伯爵としてふさわしいマナーを身につけることなど、生活についてあれこれガミガミ言ってはビルから敬遠されているのですが、しかし、育った環境により彼を排除することなく、ましてや最初からあきらめることなく、必死で家族の一員として迎えようとする彼女の愛情が感じられるのです。

ビリーの恋人サリー(笹本玲奈)も、最初はこんな階級の人達なんて、と伯爵家を毛嫌いしていたものの・・・。彼女の魅力ある歌声に、ビリーへの想いが表れています。マリア公爵夫人の姪ジャッキー(純名りさ)は、ビリーの財産目当ての結婚を望みますが、彼を見下すようなことはありません。

叔父のジョン卿も、苦手なものはビリーと同じ、よき彼の理解者となります。

この作品は、常に誰かが誰かを思いやっている。意地を張ることもあるけれど、皆、正直に生きている人々ばかり。
舞台の作り手のそんな心の温かさが伝わる作品です。

凜としていて物事に動じない、心優しいマリア公爵夫人を涼風真世が好演しています。
そしてまず色香でビリーを誘惑しようとするジャッキーを、純名が堂々と振る舞うほど、ビリーとのからみが生きてくる面白い場面となってます。

アンサンブルについては、ビリーがこの家の主として勤まるのか懸念する場面のナンバー「イングリッシュ・ジェントルマン」の歌唱の素晴らしさと言ったら!彼らが作品を根底から支えているのだと痛感しました。

最後になりましたがビリーについて。井上芳雄は歌の人かと思っていたら、柔軟な体で踊る切れのよいダンスが素敵な俳優でした。
ビリーの役柄そのままに、彼を取り巻くベテランの人々の中で一生懸命演じる姿を観て、この作品が彼を大きく成長させたのだと思いました。
カーテンコールでの彼の一言。「こんなに楽しいミュージカルが、こんなに作るのが大変だとは思いませんでした」この言葉からも、明らかだと思います。
新しい彼の一面と、温かい人間関係に触れたい方は、劇場へ足を運んで実感してください。

ところで余談ですが、人のいいダンディなジョン卿の村井国夫、そしてミセス・ブラウンの伊藤弘美、5日前まで『エリザベート』に出ていませんでしたか?まるで歌舞伎のような出演スケジュールですね・・・。

作詞・脚本・L・アーサー・ローズ&ダグラス・ファーバー、作曲・ノエル・ゲイ、改訳・スティーブン・フライ、改訳協力・マイク・オクレント、翻訳・丹野郁弓、訳詞・高橋亜子、演出・山田和也

(帝国劇場にて)
上演前にロビーで、アンサンブルキャストが「ランベス・ウォーク」の振付を観客に指導していました。

☆オリジナル・ブロードウェイ・キャスト(輸入CD) もちろん「ランベス・ウォーク」を収録。
ミー & マイ・ガール オリジナル・ブロードウェイ・キャスト(輸入CD)

『Into the Woods』(5/19-6/6)
森の中へ、という意味のタイトルです。
ステージが1階席12列まで張り出していて、客席は13列から始まります。だから随分森の中で迷子になっている観客がいました。
美術は磯沼陽子。
そして演出・振付は宮本亜門。2004年に初演された作品の再演です。

この作品、子供の「一般常識」であるグリム童話(シンデレラ、赤ずきん、ラプンツェル、ジャックと豆の木etc.)の登場人物たちが、一つのステージ上で(森の中で)一緒に登場しています。
何のために?
あるパン屋の夫婦(小堺一機と高畑淳子)が、自分たちにかけられた呪いを解くために、魔女から言い渡された“あるもの”を手に入れるべく森の中へ入って行くのですが、その“あるもの”とは、あの有名な登場人物たちの持ちものなのです。
一幕ではそれぞれの登場人物たちが、同時に周知のハッピーエンド!
じゃあ、二幕はどうなるのでしょう?
実は、大人もきちんと納得できる洒落たミュージカルです。人生は、ハッピーエンドのその後もあって人生。それを美しい音楽に乗せて、有名なお伽話の登場人物たちが、喜びや悲しみという困難に直面しながら、力強く生き抜いていくのです。教訓として様々なことを学びながら。

さて、宮本亜門演出作品といえば、個人的には「エニシング・ゴーズ」(1989)、熱帯祝祭劇「マウイ」(1995)、「ファンタスティックス」(2003)しか観る機会がありませんでした。中でも、あとの2作品は、舞台空間の使い方が斬新だった記憶があります。
この『Into the Woods』でも、最後の最後まで贅沢な空間使いを堪能しました。1階席のチケットはほぼ売り切れですが、手にする機会があるならば是非1階席で観て欲しいと思います。

(残念ながらDVDでしか観ていないのですが)2004年に上演された宮本亜門演出の『キャンディード』のように、本当に心行くまで音楽と歌唱を楽しめる作品です。
出演者たちは、この作品に参加したことを誇りに思っていることでしょう・・・と思いながら彼らの経歴を見たら、皆、ツワモノ揃いでした。
小堺一機の歌唱は、観客の心に染み入ります。素晴らしい歌をもっともっと聴いていたかった。二人の王子(藤本隆広と広田勇二)の歌にも聞き入りました。
大きな劇場では味わうことのできない、空間と時間を贅沢に過ごせる洒落た作品です。

演出・振付・宮本亜門、作詞・作曲・スティーブン・ソンドハイム、台本・ジェイムズ・ラパイン、翻訳・橋本邦彦、美術・磯沼陽子、照明・中川隆一

(新国立劇場 中劇場にて)
写真は、劇中にも登場する森の道案内の立て札。ロビーにあります