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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』(3/29-4/16)
舞台は一カ所ではありません。劇場内に入ると、右手に二部屋、左手に一部屋。そして客席から見える位置に大きな大きなスクリーン。

女3人と男が1人。(木内みどり、中川安奈、池田有希子×長谷川博己)舞台写真はこちら


左手にある狭い一部屋に折り重なるように横になって、彼らが囁きあっています。それは甘いロマンスの言葉ではなく、下品で、汚くて、猥雑でストレートな表現です。
そしてスクリーンには、ハンディカメラで彼らのアップが映し出されます。

やがて彼らは右手にある部屋に入り、カーテンを閉じてしまいます。客席からは当然見えません。そこでの様子はスクリーンに映され、私たちは何が行われているかを知ることになります。

こんな舞台は観たことがありません。
こんな手法を観たことがありません。
登場人物が観客に見えないところで芝居を続けているなんて?

様々な思いが頭を過ぎります。
そして、芝居の舞台はこうあるべき、という固定観念が潜在的に自分にあったことを思い知ります。
誰がこうあるべきだと決めたのでしょう。
万人に受け入れられるわけではないと思いますが、とにかくそこで登場人物と同じ空気を吸って、自分がここに存在していることを感じてみると、その舞台の出来事が受け入れられる自分がいることに気づくでしょう。

言葉が溢れるこの作品で、妙に気になるフレーズがありました。
「あなたもおカネみたいだったらいいのに!あなたにどんな価値があるのか、表示されたらいいのに」なるほど、一理あると思います。おカネって、そのものの持つ価値が、それ以上でもそれ以下でもなく表示されているわけです。・・・なんて、普段考えないことを掘り下げている自分がいたりします。
こういうことを考えるのは品が無い、というそのもの自体が原点であったりするのかもしれません。

作・演出はドイツ人のルネ・ポレシュ。
ある俳優が、彼のことをこう紹介してくれました。ドイツでも彼の演劇スタイルは、既製の呼び方で表現できないほど新しい演劇スタイルなのだと。彼の名前(ポレシュ)が、彼のスタイルの呼び名だったりするのだと。
存分にその感覚を自分自身で味わってください。
そこでは作品のキーワードが繰り返し語られます。『ソイレント・グリーン』という古い映画もキーワードの一つです。何を自分と結び付けるかは、自分次第です。

作・演出・ルネ・ポレシュ、訳・本田雅也、日本語台本・木内宏昌、美術・ヤニーナ・アウディック

T.P.T.
(ベニサンピットにて)

☆タイトルにある「ソイレント・グリーン」は、こんな映画です。
 (注!芝居の原作ではありません)
ソイレント・グリーン 特別版 [DVD]ソイレント・グリーン 特別版 [DVD]
(2013/09/04)
チャールトン・ヘストン、エドワード・G・ロビンソン 他



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『行きずりの人たちよ/署名人』(3/24-4/2)
サイスタジオに於ける清水邦夫作品公演#1
「2組の演出家・出演者による清水邦夫2作品2本立て連続上演」です。
一本目は『行きずりの人たちよ』。演出は、清水邦夫、松本典子。
一つの部屋の中で、自分の意見を主張する男が二人。
互いに目を合わせず、懸命に誰かに訴えかけています。
よく見ると、別室に彼らがいるのだということがわかってくる、シンプルだけど凝った演出です。

そして2本目。
1997年にT.P.T.で『署名人』(演出・大鷹明良)を観たことがあります。
今回は文学座準座員の若手演出家・高橋正徳が同作品を演出するので、知っている作品を見比べるという楽しみがありました。
時は明治17年、国事犯官房にいる3人の男たち。投獄一日目。無言だった彼らも、やがて互いに口をききはじめます。
口の達者な男が、実は「署名人」であることがわかります。署名人とは、新聞や雑誌などの署名を大金と引き換えに肩代わりする人のことで、それが讒謗律(さんぼうりつ:自由民権運動の隆盛に伴う政府批判を規制するため、人を誹謗(ひぼう)する文書類を取り締まった言論統制令)にひっかかった場合、投獄されることを生業としているのです。
その署名人と同室になったのが、立憲運動の信念を実行することで戦っている男二人。
この対照的で係わりあいの無さそうな彼らが、わずかな時間のうちに生死をかけて向き合うことになるのです。

したたかで楽天的で殺しを嫌う署名人・井崎某を中村彰男(文学座)が軽妙に演じています。まるで署名人の生き方の背景が見えるようでした。 
そして冷静に物事を捕らえ、静かに語る赤井某に神野崇(文学座)。
彼の芝居を見て、全体を見渡して思いました。この戯曲を歌舞伎で演ってみたらどうだろうと。暗闇のだんまりの演出や、最後は斬り結ぶ前の見得をきって幕・・・なんて見所を取り入れて。時代と設定を少し変えて実現できないものかと。

サイスタジオ主催の公演は、上演期間中は劇場横にシアターカフェがオープンします。
終演後にこのカフェにて『署名人』の演出家に、「将来、歌舞伎版で上演はいかがでしょう」と作品の感想とともに話す機会がありました。
出演者やスタッフと直接交流できる場があるのも、サイスタジオ公演の特徴だと思います。

(サイスタジオコモネBスタジオにて)

☆「清水邦夫全仕事(1958~1980)」署名人を収録。

『フィリピン ベッドタイム ストーリーズ2』(3/23ー27)
2004年秋に初めてフィリピンと日本の演劇人とのコラボレーションで上演されたのだと言います。今回はシリーズ第2弾。
3本の作品がオムニバスで上演されることは知っていたのですが、面白いことに最初の2作品は、主にフィリピンの俳優陣によるフィリピンバージョンと同様にジャパニーズバージョンとして同じ作品を交互に上演する「競演」の形式となっています。
上演作品は、
1.「アスワン ~フィリピン吸血鬼の誕生~」作・ロディ・ヴェラ
2.「それで裸になったつもり?」作・リザ・マグトト
3.「フィリピンパブで幸せを」作・内田春菊

事前に作品概要の書かれた資料を入手していたので、それを読んで行きました。作品によってはそれで正解。特にフィリピンバージョンの最初の作品は、粗筋を知って想像力を働かせて観ると理解が深まるので紹介します。

1.「アスワン ~フィリピン吸血鬼の誕生~」
”フィリピンの吸血鬼(ASWANG=アスワン)の伝説を戯曲化。(略)
物語は山で殺されたある妊婦の胎児が、母親の体を食べ物とし、猪に育てられ成長することから始まります。成長したアスワンはやがて若い男と出会い、恋に落ち、子供を身ごもりましたが、幸せな日々もつかの間、男には家族があることを知ります。アスワンは失意のあまり・・・”燐光群【作品・作者について】より

生まれ出でたアスワン役アンジェリ・バヤニの大きな瞳が、作品の中心に存在しているようでした。静かな芝居が物語の持つ神秘性を高めています。

2.「それで裸になったつもり?」は、日本チームが先に上演するので、そのやり取りを楽しんでください。中高年の男女の、不条理的なところが魅力の作品です。木下祐子の表情が豊かで微笑ましい。そして翻弄されるのはたいてい男の方。鴨川てんしのひょうひょうとした芝居との絡み合いが絶妙です。

それぞれの持ち味を出し切ったところで、3.「フィリピンパブで幸せを」。
この作品だけ、今まで登場した俳優が集結して、混合しての上演です。
日本人の男性とフィリピン人の女性(?)のベッドの上での絡み合いから始まりますが、これはもう、競技後のエキシビションのように、両者の俳優が楽しみながら演じているのが客席まで伝わって、楽しい芝居です。

さて、字幕を表示するディスプレイが舞台向かって右側に配置されているので、中段から後方の、左側のエリアで観るのが見やすいでしょう。全席自由席となっています。

最後になりましたが、演出は2002年度文化庁研修派遣制度によりフィリピンに研修に出た吉田智久。彼が前作に引き続き演出を担当しました。
全てが舞台上に置かれたベッドの上での出来事です。タイトルからすると生々しい印象がありますが、伝説的な作品あり、ブラックユーモアありで、休憩なしの連続計5本のオムニバス作品の上演。場面転換もメリハリがあって、飽きさせることがありません。
2時間10分、別世界を旅した爽快感がありました。
公演期間が短いので、お早めに!

(笹塚ファクトリーにて)
『二人椀久』(一幕見)
最近はチラシの宣伝文句によく釣られています。
「長年踊り込んで椀久役を極めてきた富十郎の相手役として、進境著しい若き菊之助が抜擢され、大きな注目を集めています」
しかし、いいというものは観ておいた方がいいものです。

菊之助は二月には女方の玉三郎と二人の花子を踊ったのを観たばかりだったので、今度は名優と言われる立役の富十郎と一緒に、と聞いては観ないわけにはいきません。
そして菊之助は舞台を観るごとに、歌舞伎観劇初心者の自分が言うのもなんですが、大きく成長しているのが目に見える役者だと思います。
一幕見の席は3階の一番奥の2列です。しかしそこからオペラグラスで眺めると、手の動き、首のかしげ方など細かいところが大きく見えるのですが、その一つ一つの所作が柔らかく美しく目に映ります。
今回の役は、富十郎が演じる大阪の豪商椀屋久兵衛が、あまりにも入れあげて発狂してしまう原因となる遊女松山です。

この場面では細かい経緯はありませんが、松山を恋い慕うあまり座敷牢で発狂した椀久が牢を抜け出し、ふらふらと浜辺まで歩いてきたところから始まります。そこで花魁の姿の松山とばったり出会い、廓での日々同様に二人で楽しく踊るのです。
イヤホンガイドの解説によると、題名の『二人椀久』は椀久が二人というのではなく、椀久と同じ振りを松山が一緒になって踊ることに由来しているので、ここが見所となります。

富十郎の踊りには、哀愁があります。発狂するほど恋焦がれた松山との出会いと別れ。それが幻想だとようやく気づいた椀久が倒れこんで嘆く場面は、涙を誘います。これが全てセリフのない踊りの上での表現なのですから、この作品がいかに注目されているかがわかるでしょう。

花魁の姿で登場してしばらく静止している菊之助の美しさは、幻想の登場人物としての儚い美しさを見事に表して、椀久の届かぬ想いを際立たせているようでした。

(歌舞伎座にて)
『當世流小栗判官』(3/5-26)
国立劇場にて。
チラシで惹かれた文句が二つあります。
一つは「平日の第二部は、お勤めの帰りでも観劇しやすい夜6時30分開演です」。
そして決め手は「市川右近、市川笑也、天馬にて宙乗り相勤め申し候」。
歌舞伎の夜の部が通常の舞台と同様の時間帯で観られるのは嬉しい限りです。国立劇場には一幕見が無いので、尚のこと。

「花形若手歌舞伎」とあります。市川猿之助一門の役者の中でも、いつも歌舞伎座ではなかなか観ることのない役者も多く出演していました。
さて、この”猿之助十八番の内”『當世流小栗判官』は、猿之助による初演は1983年とのこと。再演を繰り返し、今回は猿之助は演出のみで、一門の若手だけで上演されています。
宙乗りの芸も、猿之助の十八番だそうです。昨年から歌舞伎の宙乗りの芸を4つ観ましたが、さすがに十八番だけあってここでの宙乗りは一番見ごたえがありました。
白馬に小栗判官(右近)と照手姫(笑也)の二人が跨がり、その姿のまま白馬が天を駆けるのです。
馬の首も足も宙を飛んでいる時に動くので、壁に映し出された影が本物のようで・・・と見取れて拍手がおろそかになってくると、馬上で小栗判官が大きく揺れる仕草で墜ちそうになる照手姫を気遣う場面があり、観客の拍手を続けさせます。

余談ですが、白銀の美しい雪景色の中では、黒子も白子となって登場していました。美術の配慮なのでしょう。

視覚的な場面ばかり書き並べましたが、第二部は小栗判官を巡る悲しい三角関係、仕える家の恩が大事で娘の命を絶つ母の心情など、芝居としての見ごたえも十分です。
一部の続きが二部なのですが、時間の都合でどうしても二部が先になってしまう観客のために、最初に一部の筋を「乍憚口上(はばかりながらこうじょう)」の時に人間関係など説明してくれます。
右近の颯爽とした小栗判官が堪能できる作品です。

(国立劇場にて)
『決闘!高田馬場』(3/2-26)
作・演出・三谷幸喜の「PARCO歌舞伎」と銘打った舞台です。
役者は男の俳優ばかりで、女性の役は女方が務めます。

PARCO劇場で、というところが最大の趣向でしょう。
何しろ舞台と客席が近い、舞台が見切れることがない、役者と目線がほぼ同じ、とにかく臨場感があるという点で、とても楽しめる舞台です。
登場人物もとても多い。役者以外に、三味線、太鼓、などの奏者を含め、およそ30人が常に舞台にいることになります。

後に忠臣蔵の討ち入りに参加する安兵衛が、まだ堀部となる前の喧嘩の仲裁を生業としていた頃の話。情けない酔っ払いですが、彼の親しみのある人柄から、長屋の人々に愛されています。人情たっぷりで味わいのある人間関係。たった一人の身内である伯父の決闘が高田馬場で行われると聞いて、その場所へ向かう安兵衛。彼が駆けつけるまでの話です。

安兵衛演じる染五郎が走る走る!彼の助っ人をしようと、長屋の人々も一緒に走る走る!!
染五郎と亀治郎が敵役との二役の早変わりで客席を沸かせると、勘太郎だって意外なところで父親(勘三郎)そっくりの味わい。さらに亀治郎は身のこなしも美しいコミカルな女方でも登場します。

舞台の勢いに乗って、観て、笑って、楽しんだ方が勝ち。お客さんも走れ走れ!!!高田馬場まで。

(PARCO劇場にて)
三月大歌舞伎(3/3-27)
昼の部の演目は『吉例寿曽我』『吉野山』『道明寺』。

『吉例寿曽我』鶴ケ岡石段の場、大磯曲輪外の場。
鶴ヶ岡石段の場での見せ場は、近江小藤太成家(進之介)と八幡三郎行氏(愛之助)が、一巻をめぐって闇の中石段の上で斬り結ぶ場面です。

この一年、歌舞伎観劇を楽しんでいますが、現代劇でも見たことの無い大仕掛けを観るのも歌舞伎を観る楽しみのひとつとなりました。
この舞台では、八幡宮の石段の上で近江と八幡が斬り結んでいるところで見栄をきっているのですが、その石段が二人を上に乗せたまま90度後方に倒れて、石段の下に描かれている次の場のセットが見える仕掛けです。
しかし、二人はずっと石段の上で見栄をきって静止したまま。微動だにせずバランスを取りながら石段が倒れきるまで保つその姿勢に、客席は大きく沸きました。
この仕掛けを「がんどう返し」というのだそうです。
歌舞伎観劇初心者の私にとって、この「がんどう返し」を見ただけでも劇場に足を運んだ甲斐があったと思いました。

『吉野山』は、義経が吉野山山中に身を隠していると聞きつけた静御前(福助)と、供をする佐藤忠信実は源九郎狐(幸四郎)、そして彼らを追う逸見藤太(東蔵)の物語。逸見藤太は道化のような役割です。静御前を見つけてひと言「荒川静香と源義経」と言いながら背中を反らしているのです。冬季オリンピックのゴールドメダルネタです。時々歌舞伎には、おやじギャグ的な(失礼しました)セリフが登場するので、よく耳を澄まして聞いていると面白いですよ。

『道明寺』は、今回は十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言として上演されます。筋書きのインタビューを読むと、役者それぞれが十三世との様々な想いを抱いてこの作品に取り組んでいるのがわかります。
三男の現・仁左衛門が菅丞相を、気高く演じています。

2階ロビーでは「十三世片岡仁左衛門思い出の舞台」の写真が掲示されています。

(歌舞伎座にて)
『アルジャーノンに花束を』(2/22-3/5)
ダニエル・キイスの同名小説のミュージカル化。
知恵遅れの32才の青年チャーリー。彼は家族からはその存在を遠ざけられましたが、父の友人のパン屋に身を寄せてそこで働く彼は、みんなに愛されて暮らしていました。

「ぼくわ かしこくなりたい」

ある時、自分がかしこければ、もっとみんなが自分を好きになってくれるのではないかという思いで、脳外科手術を受けることを希望したチャーリー。極秘のプロジェクトチームが、まだネズミのアルジャーノンにしか行っていなかった手術を、チャーリーに施しました。
手術は成功。彼は徐々に天才的な能力を発揮し始めます。
しかし、これが彼の期待していたことなのでしょうか。あんなに親切だったパン屋の仲間が、自分を遠ざけるのです。そしてある日、アルジャーノンに異変が起こります。自分にも起こるのではなかと不安になるチャーリー・・・。

チャーリー役は浦井健治。伸びやかな歌声を持つ彼が、かしこくなりたいと願うチャーリーの心情を歌い上げる時、初めて歌を歌う人物のように朴訥な歌い方であることに驚きました。そして手術の成功により、かしこくなったチャーリー。そこにはいつもの彼の歌声がありました。以外に器用な役者だと感じさせる彼の演技。かしこくなりたいと願うチャーリーの愛らしい表情で、どれだけ観客の目を涙で濡らしたことでしょう。
チャーリーと、彼の信頼する医師アリス(安寿ミラ)以外は、どのキャストも複数役を演じていますが、どの役も丁寧に描かれているので、シンプルな舞台で混乱することはありません。むしろミュージカルとして作ったところに物語の本質のみが描かれているように思いました。

静岡、大阪、名古屋と巡り、3/10に幕を閉じました。

脚本・作詞・演出・荻田浩一、音楽・斉藤恒芳

(銀座博品館劇場にて)

☆早川文庫「アルジャーノンに花束を」
アルジャーノンに花束を
『ハゲレット』(3/9-21)
『夏ノ夜ノ夢』同様に、様々なキャストと演出で観る機会のあるシェイクスピア作品が『ハムレット』。
この作品のタイトルは、ただハムレットが悩み過ぎて若ハゲだったので(という設定)彼が陰でそう呼ばれているからなのです。最初から最後まできちんと描かれた「ハムレット」を原作としています。
そして主人公の名前はハムレットです。

特徴としては、ハムレットや登場人物の(そうだったのではないか、という推測の)本音が聞けるところでしょうか。
だからハムレットの独白も、悩みの種も、スーッと理解できる。
オフェーリア(笹本玲奈)の不満も、クローディアス(ベンガル)の不安も同様に。

近藤芳正のハムレットが、とても愛らしく目に映ります。
「人間は考える葦である」「生きて考え続けるんだ!」と、死の間際に忠臣ホレーシオ(陰山 泰)に告げる真剣な眼差し。小さな体で自分なりに世の中をどうやって建て直そうか考え続けていた誠実な姿が、その向こうに見えてきます。
山田和也の、既存の『ハムレット』作品とは異なる視点の演出は、登場人物の行動を裏付けているようで好感を持ちました。

原作・W・シェイクスピア、監修・翻訳・小田島雄志、脚色・鈴木 聡、演出・山田和也

(紀伊國屋ホールにて)

☆白水Uブックス「ハムレット
『夏ノ夜ノ夢』(3/5-14)
シェイクスピア原作のこの作品に、とても興味があります。
有名な作品なので、これまでに国内外を問わず、様々なキャスト、演出で観る機会がありました。演出の違いが楽しめるので、上演されるとつい観たくなってしまいます。

今回は、歌舞伎俳優・尾上松緑がパックを演じます。
この舞台、古代の日本であるような、そんな神秘的な様式。音楽も決してメンデルスゾーンがかかりそうな雰囲気ではありません。
しっとりと夏の葉にしたたる露をイメージした弦楽器の音が響き、夏の夜にさまよう妖精達の登場となります。
そしてあの有名な、オーベロンによってボトムがロバの頭に変えられてしまう場面。ロバではなく、今回はちょっと違うものになっています。

休憩後の幕から、ボトムたち村の人々による余興の練習が始まりますが、ここからがテンポが良くて、楽しめる場面です。自信過剰のボトムをマイケル富岡が好演していました。
妖精と人間の子、パックがどうしていたずらをするのか。これまでの飛び回り騒ぎを巻き起こすパックとは異なり、彼の行動には意味があります。その哀愁のある表情、松緑ならではのパックです。

原作・W・シェイクスピア、訳・福田恒存、脚色・小池竹見、脚色・演出・加納幸和、美術・島川とおる、照明・塚本悟、音楽・深草アキ

(日生劇場にて)

☆「福田恒存翻訳全集(第4巻)」に収録


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