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kangekinocafe

Author:kangekinocafe
観劇の記録と紹介です。

えびす組劇場見聞録メンバーです。
しばらくblogはお休みしていましたが、【演劇、観劇のカフェ】blogからこちらに引っ越して来ました。
どうぞよろしく。

観劇のカフェ
出会った作品について語ります。関連書籍や音楽も、できる限りご紹介します。
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9月に観たい-文学座『焼けた花園』(9/7-21)
◎9月7日-21日、文学座『焼けた花園』
文学座アトリエは、部屋の一室から南極大陸まで、あの空間であらゆる場所が舞台になります。
今回は「国境沿いの山岳地帯の花園の中にある一軒家」が舞台。
文学座 公演情報より)
アトリエ特有の、公演ごとに変化する舞台の形にも、興味津々です。

作・ウーゴ・ベッティ、訳・ 溝口廸夫
演出・上村聡史(この作品で演出家としてデビュー)

(文学座アトリエにて)
問い合せ先:文学座
※文学座にチラシ画像掲載の許可を得ておりますので、画像の転載はしないでください。

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9月に観たいもの
これから観たい作品のご紹介。
7、8月は、演劇祭があったかと思うほどでした。
さて、9月は・・・

◎9月1日-30日、ミュージカル『エリザベート』
『モーツァルト!』と同じ作詞家と作曲家による作品です。
初演から観ていますが、毎年少しずつ変化のある舞台を楽しみにしています。
山口祐一郎、井上芳雄が、今月も帝劇の舞台に立ちます。
演出・訳詞・小池修一郎

(帝国劇場にて)
問い合せ先:帝国劇場

◎8月27日-9月3日、『夜の来訪者』
出演者の顔触れ、そしてチラシの「まるで推理小説を思わせるミステリアスなストーリー」の言葉に惹かれた作品。興味津々です。
作・J・B・プリーストリィ、訳・内村直也、演出・西川信廣

(俳優座劇場にて)
問い合せ先:俳優座劇場

◎9月8日-10月5日、新感線『吉原御免状』
新感線での堤真一は、『アテルイ』以来の観劇です。
堤真一の殺陣は、とにかく美しい。新感線の演出は、そこのところを良く心得ているようです。
チラシの写真の刀を持つ姿に、今回も期待しています。
原作・隆 慶一郎、脚色・中島かずき、演出・いのうえひでのり

(青山劇場にて)
問い合せ先:ヴィレッジ、サンライズ・プロモーション東京

◎9月9日-10月22日、蜷川演出『天保十二年のシェイクスピア』
同作品を以前、新感線で観ましたが、場所は日本、時代は天保、そして「リア王」や「ハムレット」「ロミオとジュリエット」など、シェイクスピアの様々な物語りが伏線となって絡み合い進行する、スケールの大きな舞台です。
出演者の顔触れからもわかるように、誰もが主役になりそうです。
贅沢な時間を、シアターコクーンで過ごしませんか。
作・井上ひさし、演出・蜷川幸雄、音楽・宇崎竜童

(シアターコクーンにて)
問い合せ先・Bunkamura

◎9月2日-26日、歌舞伎『九月大歌舞伎』
夜の部の出し物は『平家蟹』『勧進帳』『忠臣連理の鉢植』。
8月に続いて、橋之助、福助が出演します。

(歌舞伎座にて)
問い合せ先:歌舞伎座

◎9月17日-30日、tpt『カルテット』
『道成寺 一幕』とのレパートリー上演。『道成寺・・・』のチケットの半券提示で、レパートリー割引の適用があるそうです。
出演は、前回に引き続いて、大浦みずき、千葉哲也
作・ハイナー・ミュラー、演出・木内宏昌、台本・広田敦郎

(ベニサンピットにて)
問い合せ先:tpt

◎9月8日-25日、こまつ座『小林一茶』
作・井上ひさし、演出・木村光一
再演だそうです。評判が良かったというのを耳にしたので、観たい作品。
今年は、井上ひさし作品に縁があるようです。

(紀伊国屋サザンシアターにて)
問い合せ先:こまつ座

舞台を通して、様々な生き方を垣間見ることができます。
さながら、夏の夜の夢、というところでしょうか。
『ドレッサー』(8/24-9/11)
第二次世界大戦下のロンドン郊外。
あるシェイクスピア劇団一座の『リア王』公演日。座長は錯乱状態にあり、ドレッサー(付き人)のノーマンは座長を舞台に立たせることに奮闘し、舞台監督のマッジは上演の決断に悩み、座長夫人は堪忍袋の緒が切れかね、外では空襲が始まった。果たして幕は開くのか・・・

パルコ劇場の舞台の上には、座長の楽屋だけ。
向かって右側に、劇中の舞台がある設定のようです。
さて、座長と付き人の関係とは、どんな関係なのでしょうか。師弟か、仕事上のものだけなのか。彼ら二人に焦点が当てられている中、座という舟に乗り合わせた人々の関係を見ることになります。
仕事上、ドレッサーは、座長がベストコンディションで舞台に立てるように、座長の一番の理解者であり、気を配る役割を担っています。しかし、ここでは切ないぐらい、彼らは互いに孤独です。

タイトルロールのドレッサーのノーマンに西村雅彦。彼が時折漏らす一言に人間性が感じられ、心情を理解しやすいものになっています。
威厳と俗っぽさ、儚さをあわせ持つ座長に、平幹二郎。終盤の大きな変化は、言いようのない心と技の演技です。
座長夫人である前に女優でありたい、それもわからないではない。中年になってもコーディーリアを演じる夫人に松田美由紀。
座の舞台監督を長年勤めるマッジ。久世星佳の淡々とした言動に、彼女の嘘偽りのない信頼に足る人物像が見いだせます。
野心を秘めた少女アイリーン。勝野雅奈恵の堂々とした立ち振る舞いに裏付けられるようです。
自分の役割をこなし、現実を見つめるソーントン(渕野俊太)とオクセンビー(加瀬竜彦)。

舞台裏を舞台に、もしかしたらこんな人間関係は日常茶飯事なのでしょうか。観客には知る由もありません。

今年は、舞台裏が文字どおり表舞台の芝居の上演が続いています。『うら騒ぎ』(新国立劇場小劇場)、『喝采』(紀伊国屋ホール)、そしてこの『ドレッサー』。
観客の知らない世界は、舞台とともにいつも存在しています。

作・ロナルド・ハーウッド、訳・松岡和子、演出・鈴木勝秀
美術・レイチェル・ホーク

(パルコ劇場にて)
文学座『戯曲 赤い月』(-9/2)
好きな小説をもう一度読み返したい、そんな気持ちで再度劇場に足を運びました。

波子の子供たち、美咲(尾崎愛)と公平(川口潤・塩川真人のWキャスト)は、波子自身であり、一番の理解者であることを、再認識しました。彼らの疑問に答えることによって、波子は自分の進む道を明らかにして、一緒に行動する。だからこそ父を想う美咲の発言は、波子の孤独な叫びにも聞こえて、胸が締め付けられます。
そして波子と氷室の絆の変化に着目していると、セリフのひとつひとつに、周囲の人々とのつながりが見えてきます。

一人何役もこなす俳優たちの姿は、戦争が終わり、日本へ逃れるまで、人の出会いと別れの繰り返し、まるで輪廻のように思えます。
機会があれば、更にもう一度、読み返したい。その度心に深く刻まれる想いのある、そういう作品です。

演出:鵜山 仁

(紀伊国屋ホールにて)
※文学座にチラシ画像掲載の許可を得ておりますので、転載はしないでください。

文学座『戯曲 赤い月』(8/23-9/2)
「あなたは、私の祖国」
かつての満州から日本に引き上げる波子が、氷室に言った言葉。『戯曲 赤い月』という作品を、象徴しているように思います。

なかにし礼の小説『赤い月』を文学座が上演するにあたり、作者のなかにし自身が、『戯曲 赤い月』として書き下ろしたそうです。
私は小説と、自伝エッセイ『翔べ!わが想いよ』を読み、なによりも作者が生まれ育った、あの頃の満州での日々に対する想いを、強く感じました。

有名な作品なので、読んだ方も多いと思うので、率直に述べます。
舞台を観る前から、阿片に溺れた氷室が、立ち直ろうと妄想と戦う姿に関心がありました。文字を追っていても、自ら理性を捨て、時折のぞく羞恥心との間を行ったりきたりする壮絶な姿が描かれています。
氷室啓介を演じる長谷川博己(写真左)は、朽ち果てた人間に挑みました。凄まじいほど惨めな姿があってこそ、理性を取り戻した氷室には、人間味があります。
ここで初めて私は、氷室を愛しく思いました。波子にとっては、彼は日本そのもの。敗戦のどん底もあり、再建の希望もある日本。
戦後生まれの私たちに、この作品は、苦境の中、何が人を生きようとする想いへ導くのかを、教えてくれているように思います。

波子は作者の母がモデルであり、息子の公平は作者自身だといいます。
舞台を観て、作者なかにし礼の母が、どんなに日本を愛しく想っていたかを感じました。
波子を演じるのは平淑恵(写真右)。波子の情熱と、愛に生きる女性の姿の美しさが忘れられません。
我が子に「おまえたちは私自身、私が生きるためにはあの人が必要」と、氷室を愛することがどんなに波子にとって必要かを語る、説得力のある素敵な場面。

豪快な森田勇太郎を、愛すべき人物として石田圭祐が好演しています。

上演時間3時間に、小説のほとんどが描かれています。
作者自身が書き下ろした戯曲なので、作者の想いに触れられる、興味深いひとときです。

演出:鵜山 仁

(紀伊国屋ホールにて)
上は『戯曲 赤い月』のイメージ写真。写真撮影:久家靖秀。
※文学座に画像掲載の許可を得ておりますので、上の写真の転載はしないでください。

☆作・なかにし礼『赤い月』自伝的小説と言われています。
赤い月(上巻) 赤い月(下巻)

☆なかにし礼の自伝エッセイ『翔べ!わが想いよ』新潮文庫
翔べ!わが想いよ
ミュージカル『We Will Rock You』(5/27-8/24)
5月27日からのロングラン公演も、いよいよあと数日で幕を閉じます。
ロンドンで上演されてから、ずっと気になっていた作品でした。
題名は「クィーン」というロックバンドの有名な曲から来ていることは言うまでもありません。

2040年にこの世界から音楽が禁止され、2300年代の未来が舞台のミュージカルです。全てが(洋服のデザインさえも)決められたものからダウンロードすることしか認められない世界。音楽も同様です。
伝説の、ロックが流行ったあの時代(私たちの生きる現代のこと)の音楽を記憶している人物の出現が待たれ、彼が音楽をこの世界に取り戻すことを信じて、ロックを愛するボヘミアンの若者たちが彼を探し、守り、戦うのです。

実生活とかけ離れた未来の話、ナンセンスなところもありますが、これにセリフのごとくクィーンの曲が歌われます。
ご存じの方は、ミュージカル『マンマ・ミーア』のようだと思うでしょう。ただ、やはり「クィーンの」ということが最後まで重要なのです。

出演者の歌声に、海外ミュージカルのレベルの高さを改めて思い知らされました。驚くべきは、ガリレオ・フィガロとう青年役(彼が鍵です)のピーター・マーフィー(Peter Murphy)の歌唱力。声の伸びやかさ、声量など見事なのですが、なんといってもフレディ・マーキュリーのボーカルを覚えている私たちでも認める素晴らしさです。もっと彼の歌声を聴いていたかったとさえ思います。

その昔、クィーンのコンサートに行けてよかった。舞台もライブです。今この時を大切に。

(新宿コマ劇場にて)
新宿コマ劇場側面に掲げられたクィーンの写真。
tpt『道成寺 一幕』(8/20-9/4)
tptでは、以前より外国人演出家による三島由紀夫の「近代能楽集」が上演されています。『葵上』、『班女』、『卒塔婆小町』(「LONG AFTER LOVE」より)など、英国人演出家デヴィッド・ルヴォーによるものです。
今回は、ドイツ人演出家トーマス・オリヴァー・ニーハウス。
2003年に彼の演出による、ポート・シュトラウス作『時間ト部屋』(tpt)を観ましたが、空間を利用し、人物の動線が計算された舞台を、『道成寺 一幕』でも見せてくれました。
この作品は、「近代能楽集」の中でも『邯鄲』とともに、登場人物が新しい自己を発見していくところが気に入っている作品です。

その内容は、数百万円の声がかかった衣装ダンスのオークション会場に、三千円の価値しかないもの、三千円でしか自分も買わないと言って、若く美しい清子と名乗る女性が乗り込んできます。そのタンスには、タダでも世間の人がいらないと思う「いわく」があるのだと言います。
会場にいた、人よりの多くの金額を提示することを楽しんでいたお金持ちたちも、さすがにそのいわくを聞いて立ち去ります。
その後、美しい自分の顔を嘆く清子と古美術店の店主との、タンスを巡る駆け引きが始まります。

若く美しい清子に中嶋朋子。彼女の役作りには、毎回ハッとさせられます。最近では、シアター・コクーンで上演された『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』のゆき女がありますが、個人的に注目したのは、世田谷パブリックシアターでの『ロベルト・ズッコ』(2000年3月)あたりから。
観る者を、彼女の役の側に感情移入させてしまう力があるように思います。
それは、清子としての中嶋の存在感が物語っているでしょう。
彼女は舞台から見えない時でも、気にかかる存在です。硫酸を手にして姿を消した時、美しい顔を嘆く清子が次にどんな登場をするのか、彼女の影にさえも釘付けになりました。

とは言っても、最初に登場したお金持ちたちも、なかなかのものです。
セリフは戯曲どおりなのですが、皮肉もあり、面白い会話です。特に、女性B(大浦みずき)とD(植野葉子)のやり取りは、表現力も豊かに、戯曲を読む以上の面白さを引き出しています。

そして、古美術店店主の塩野谷正幸。強い個性の役者ですが、今回は中嶋が演じる清子に翻弄される姿が、がめつい小心者という感じで好ましくありました。

清子がタンスのいわくについて語る時、話題中のイメージとしての人物が登場します。手には刀を持ち、髪を短く刈り上げた上半身裸の青年。彼の姿は、写真で見た三島本人を思い起こさせます。その様子に、三島作品に対する演出家の「三島由紀夫像」を見たように思いました。

9/17からtptで上演する『カルテット』(作・ハイナー・ミュラー、演出・木内宏昌、台本・広田敦郎)は、この作品の半券で割り引かれるそうです。「日本におけるドイツ年2005/2006」と銘打ったレパートリー上演ということなので、次回作も一緒に観て楽しむつもりです。

(ベニサン・ピットにて)

☆作・三島由紀夫『近代能楽集改版』新潮文庫
劇団四季『アスペクツ・オブ・ラブ』(8/17-11/27)
生意気なことを言うようですが、四季の初演、重ねられた再演を通して、今回は初めて作品を理解できたように思いました。
このことは、鳴り止まなかった観客の拍手が証明していることでしょう。

様々な恋愛模様が、この作品のテーマです。
17歳の青年アレックス(石丸幹二)がファンの女優ローズ(保坂知寿)の楽屋を訪ね、叔父の別荘へ誘います。そこで彼女は、アレックスの叔父ジョージ(光枝明彦)と出会い、互いに好意を持ち、彼女はアレックスと別れます。
2年後、アレックスがジョージの家に行くと、ローズが一緒に暮らしていました。一旦はアレックスの気持ちを受け入れた彼女でしたが、心はジョージにあると知った彼は、彼女を撃ってしまいます。アレックスの気持ちを知るジョージは身を引いて、ベニスの愛人ジュリエッタ(大平敦子)の元へ去りますが、ローズが身ひとつでジョージを追いかけ、やがてローズとジョージは結婚し、娘のジェニーが生まれます。
それから更に12年後、彼らの間のわだかまりは消え、アレックスがローズ、ジョージと再会し、ジェニー(紗乃めぐみ)と出会います。日に日にジェニーがアレックスに恋していくのを見て、ジョージとローズは気が気ではありません。口々に娘を傷つけたくないと言うのですが・・・

人間関係だけ追うと、とんでもない自分勝手な人々の話ですが、中年のローズの孤独、ふてぶてしいまでの自己中心な女心を、真っ向から描いていると感じました。これがなければ、その後の彼女の優しさ、寂しさに納得することはできなかったでしょう。
彼女だけでなく、アレックスの心情もストレートに描かれています。
舞台は旬のものです。今この時だから得られる共感があるかもしれません。観る世代、男女によって見解が異なるであろう、興味深い作品です。

舞台美術が、フランスを中心とした舞台の様々なデザインの象徴として、一貫してアール・デコの様式が見られます。
暖かみのあるほの暗い照明、映し出される景色、ある時はカーテンに、ある時は森林に見える布の使い方など、登場人物が美しい舞台の中で、様々な恋愛模様を見せてくれます。

原作:デビッド・ガーネット、日本語台本:浅利慶太
演出:浅利慶太、作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
作詞:ドン・ブラック、チャールズ・ハート
美術:フランチェスコ・ジィト

(劇団四季 自由劇場にて)

☆作・デビッド・ガーネット『ガーネット傑作集2』河出書房新社
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ミュージカル『モーツァルト!』(-8/26)
7月30日から、キャストが一部入れ替わりました。
今回は井上芳雄モーツァルトで観劇。初演は彼のキャストでしか観ていませんが、その感動が再演を観ようというきっかけとなりました。

井上モーツァルトは、天才肌というより、幼少の頃から周囲の期待に一心に応えようとした結果、今の彼がある、という印象を受けました。
だから今さら一般の音楽家同様の扱いをされると、腹を立て、作曲に苦悩し、終いにはおだてる人々の方へ傾いてしまう。
舞台の上の彼自身、常に肩に力が入っているように見えます。

Wキャストというのも、苛酷なものだと痛感しました。つい、観客は比べたがります。
劇中、モーツァルトが、天才と世間から評された子供の頃の自分の影を意識して止まない「影を逃れて」を歌います。
彼にとっては、もう一人のキャスティングされたモーツァルトのことを「影」と意識しているのではないか、と、考えを巡らす観客とは残酷なものだと我ながら思いました。
しかし、彼らは両者それぞれの解釈と持ち味で、観客を魅了します。

上演回数が増すごとに、その魅力は独自性を帯びてきているようです。
東京での公演は、8月26日まで。
井上芳雄、中川晃教、二人のモーツァルトの旅は、まだまだこの先、名古屋博多へと続きます。

演出・訳詞:小池修一郎

(帝国劇場にて)

☆8月18日に、2005年版両キャストが入ったスタジオ録音CDが発売されました。劇場で購入できます。

☆2002年度の両キャストの劇場録音CDも、劇場で購入できます。

『八月納涼歌舞伎』第三部
この部は、串田和美が演出・美術を手掛けることで話題の『法界坊』。串田劇場(くしだワールド)の但し書き付きです。
既に串田演出、勘三郎の法界坊は、平成12年に平成中村座で上演されており、今回は再々演。歌舞伎座では初のお目見えです。

身分を隠して、お家の重宝「利魚の一軸」の行方を、吉田家の嫡子松若(福助)が要助と名乗り、密かに探していた。彼を慕って追う野分姫(七之介)。
要助と相思相愛のお組(扇雀)の存在も気になります。
要助の力になろうと、一軸を持つ勘十郎(勘太郎)から、娘のお組を嫁入りさせる条件で手に入れようとするお組の父(弥十郎)。
そして、お組に一方的にほれ込んで、わがものにしようという生臭坊主の法界坊(勘三郎)。
助けを必要とする人々のところへ、颯爽と現われるのは、甚三郎(橋之助)。

メインキャストの彼らは、第一部から出ずっぱりです。
第二部が夕方5時半を少し回って終了し、6時にはもう第三部の幕が開くのですから、歌舞伎座で働く人々の忙しさも並ではないでしょう。これが毎日です。

それはさておき、勘三郎の観客へのサービス満点の舞台です。
客席を練り歩いたり、3階席に向かって「おーい、安い席」と叫んで客席を沸かしたり(今日の私は2階席)、1階席へはちょっと皮肉を言ってみたり。
法界坊と野分姫が合体した亡霊(勘三郎)は、宙づりで劇場内を飛び回ります。花道が見えない分、3階席まで飛んで回るこの様子に、観客は大喜びでした。

三幕目はしっとりと、亡霊対生き残った人々の戦いが繰り広げられます。

そうそう、福助の男役(?)を初めて見ましたが、お殿様が町人に身を隠す様を、上品な物腰といい、二人の女性から慕われる色気といい、見事です。
3部を通じて、歌舞伎俳優には、男女演じられる器と技量が備わっていることに、感銘を受けました。
もっともっと理解を深めたくなる世界、これが日本の伝統芸能の魅力でしょうか。

(歌舞伎座にて)
右上の写真は、歌舞伎座2階ロビーに展示の法界坊人形(串田和美・作)


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